黒森山探索②
記念碑の裏に刻み込まれた“黄鐘”の文字が手がかりのように思えてならず、俺は考えを巡らす。
十二律は“
”
ということは、だ。
”黄鐘“の他に、十一個の文字がこの黒森山の中にあるってことになるんだろうか?
――順番に巡っていくと、何かが発動するのか? 山全体がゴゴゴ……と動いて、この辺からヤバイ物が出てくるとか!! いや、それは流石にファンタジーすぎるし、ないか……。
「里村君、何か思いついた?」
驚きの声を上げてから、結構長く染谷を放置してしまっていた。
俺は「ちょっと考え中……」と言い、自分の首の後ろを触る。
思いつきそうで思いつかないこの感じ、すげーモヤモヤするな……。
一つの考えに囚われすぎるのも良くないので、さっき染谷から感じた違和感について質問してみることにした。
「染谷はよくこの漢字読めたな。習い事で和楽器でもやってるのか?」
「習い事はしてない。”黄鐘“はうちの学校の生徒なら、誰でも読めるんじゃないかな」
「そうなのか!?」
たしかに、栗ノ木坂南高校は一応進学校なので、馬鹿揃いだった中学校に比べてマトモな頭の持ち主が多いみたいだが……、国語の授業でも、音楽の授業でも教えないような知識をよく知っているものだ。
困惑して黙り込んだ俺を憐んだのか、染谷は居心地が悪そうな素振りをした後、説明してくれた。
「栗ノ木坂南高校は”黄鐘グループ“系列の学校なの。だから皆読めるんじゃないかと思った」
「グ、グループ!?」
「うん。高校以外に、保育園とか給食センターとか、色々経営しているはずだよ」
「初めて知った! 流石は新聞部。情報に強い!」
「……新聞部とか関係ない。学校の正門の辺りに置かれている看板にちゃんと”黄鐘グループ“と書かれてるから」
「看板を意識しながら通ったことがないんだよ……」
「里村君て、大事なこと見落としてばかりの人生を歩んでそう」
「ぐぅ……。嫌なこと言うなっ!」
「ごめん」
まさか、友人に人生レベルで否定されるとか想像もしてなかったから、心に受けたダメージが妙にデカい。
だけどこんな軽口に腹を立ててる暇はない。
今日一日で、何かまともな手がかりを掴みたいし。
――だけどなぁ。”黄鐘“がウチの学校が所属するグループ名なんだとすると、記念碑の文字はヒントと考えない方がいいのか? でも他にそれらしき手がかりはないし……。
だんだん思考がまとまらなくなってくるが、こんな所に突っ立って悩み続けるより、足を動かす方が何かを閃きそうな気もする。
「取り敢えずさ、この黒森山に置かれている他の記念碑にも行ってみないか?」
「うん。全部写真におさめる」
「助かる」
スマホで撮影しても良さそうだけど、充電切れが怖いから、ここは任せるのが良さそうだ。
それから四十分程かけて歩き、市や文化人、江戸時代の著名な旅人等の記念碑を見て回ったものの、”これは“と思えるようなモノは何も見つからなかった。
よくよく考えてみると、いくら可愛い孫のためとはいえ、文化財になりそうな物等に変な小細工を仕掛けるわけがないのだ。
無駄骨を折ってしまった……。
俺と染谷は学校の記念樹近くまで戻り、昼飯にすることにした。
昨年殺人事件が起こった場所だから、染谷は嫌がるかと思ったのだが、全く気にしなかった。
見た目に反し、あまり繊細な性格ではないようだ。
江上が持って来てくれたバスケットの中には、小型の重箱や、紙の皿、割り箸等が詰め込まれていた。
重箱を開けてみると、朝彼女が走った所為か、中身が片側に寄っていたりしていたが、それでも色とりどりの具材が使われていて、非常に美味しそうだ。
栗のおこわや里芋の煮物、出汁巻き卵、鮭の
バスケットに入っているから勝手に洋食をイメージしていたけど、これは嬉しい誤算だ。
「里村君て、和食が好きなの?」
「うん。俺の母親って西洋かぶれだから、あんまり和食を作ってくれなくてさ。ばあちゃんが死んでからは、実家ではずーと洋食だった。今は一人暮らしだから外食で和食も食えるけど、この辺にある店は高いところばっかだし、ちょっと和食に飢えてるかも」
俺の話を聞き、染谷はクスリと笑った。
「西洋かぶれって……、随分古めかしい言い方」
「ばあちゃんの言い方が感染ったんだよ」
「あるある。それにしても、江上の料理本当に美味しい。ちょっと見直した」
「だよな。飯屋を開いてもやっていけそう」
本人が居ない中でこんなに旨い物を堪能してもいいんだろうかと思う。
せめて残さずに食べ切って、感想くらいは伝えたいな。
爽やかな秋晴れの中、クラスメイトが作った飯を食いながら、友人と話すのはなかなかいいものだ。
しかしながら、ちょいちょい周りの話し声の所為で会話が遮られ、じわじわとストレスが貯まる。
「午後から祖父に会いに行くつもりなのよ」
「あらぁ。実家にお住まいなのかしら?」
「先月から有料老人ホームに預けているわ」
「もしかして壱越?」
「良く分かったわね。有料老人ホーム壱越なの」
おや? と思った。
”壱越“は十二律の一つなので、奇妙な偶然だ。
そして、”壱越“の持つ、他の律とは異なる特性がかなり気になりだした。
――壱越と黄鐘って、ちょっと特殊なんだよな……。
雅楽で使われる音律は、元々は中国の三分損益法に基づくオクターブの考え方に従っていた。
しかし、我が国では平安時代、それに日本的なアレンジを加えたらしく、今に伝わる十二律になったのだとか。
何がどう変わったのかと言うと――
中国版では「
日本版では「壱越」を基準として、他の十一個の音が続く。
つまり、「黄鐘」と「壱越」は”どちらも基準にされている“という共通点があるというわけなのだ。
もしかすると考えすぎているかもしれないとも思うのだが、校歌の歌詞の中でこの場所を示している点を考えると、更に調べてみる価値がありそうに思える。
「あのさ、染谷。黄鐘グループの中に有料老人ホームもあったりする?」
「あったはず。名前はえーと……。ちょっと待ってて」
「うん」
染谷は一度箸を置き、スマホで調べてくれた。
黄鐘グループ内に有料老人ホームがあるとしれただけで、殆ど正解だとは思う。
しかし、ホームページとかで見て、確証を得たい。
「黄鐘グループ内の有料老人ホームは”壱越“という名前みたい」
スッと差し出されたスマートフォンの画面をみると、グループ一覧が映し出されていて、確かにその名前が確認出来た。
「おお! 本当だ!」
「ここがどうかした?」
「昼飯食べ終わったら、ここに行ってみないか?」
「え……? 黒森山での捜索はもういいの?」
「俺の考えが正解かどうか分からないから、まだ断言出来ないけど。記念碑のヒントが指しているのは、この施設なんだと思うんだ」
「どういうこと? 詳しく説明してほしい」
「ええっとな――」
十二律に関連するちょっとした推理を染谷に話して聞かせる。
それを聞いた彼女は目を輝かせ、「やっぱり里村君て、私の見立て通り、出来る男だね」と褒めてくれた。
だけど、評価を上げるのはまだ早い。音楽分野以外では何の役にも立たないしな。
俺は、不得意なジャンルで頼られたら嫌だ、と思いながら、弁当の残りを腹の中につめた。
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