音痴だった件②

「この曲は少し苦手かも」

「そうなんだ! じゃあ次はこっちを――」


 江上は譜面台の上の合唱曲集をペラペラと捲りだす。

 一応口を挟まないでおくけど、染谷の音程の取れなさ加減から判断すると、たぶん何歌っても駄目な気がするんだよな。



 俺の懸念は的中し、あれからなんと五曲分も伴奏してやり、さらに三人でカラオケに行って彼女が得意な歌を歌ってもらったりもしたのだが、尽くダメダメだった。

 染谷は失意のドン底のようで、雑居ビルから出るやいなや別れの言葉もそこそこに立ち去った。


 人混みの中に消えていく華奢な後ろ姿を見送りながら、俺が嘆息すると、江上は「悪いことしちゃったかな」と呟いた。

 採点機能を使ったのがまずかったかもしれない。

 染谷のカラオケの点数は”28点“とか”34点“とか、未だかつて見たこともない驚愕の点数を弾き出した。感覚レベルで聴き苦しいと思っていたのが可視化されて、俺はスッキリしたけれど、本人はショックだっただろう。


「やっぱり入部したくないって言われちゃったらどうしよう」


 江上の横顔をチラリと見遣ると、心細そうな表情をしている。

 美少女とは得なもので、それだけでも通りすがりの人々に心配そうにされ、ついでに俺が悪人のように睨まれる。


「以前合唱部に入ってた人達は戻って来そうにないのか?」

「難しいと思う」

「女子って大変そうだな」

「そうだねー」

「お前って、その人達が出て行く前から部長だった?」

「え? そうだけど」

「ふーん」


 一度選ばれたってことは、前合唱部員達に何らかの要素を認められたからなんだろうし、和解は不可能じゃないと思う。

 平謝りとかしたら戻って来そうだけど、江上はそういうのはしないんだろう。


「里村君て染谷さんと仲良いよね? 歌の練習に付き合ってあげてくれないかな?」

「は? 歌については江上の方が詳しいだろ。自分が出来ることは自分でやってほしいね」

「トレーニングマニュアルは作るよ! でも里村君が頼んだ方が効果がありそうな気がする」

「はぁ……」


 気が進まないが、部員のレベルを上げなければ瑠璃さんの演奏に全く敵わないのは明白だし、放置出来ないのも確かだ。

 取り敢えず江上にトレーニングメニューを考えてもらい、それを染谷に手渡すくらいは協力してもいいかもしれない。

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