意外な接触②

 顔を俯かせた染谷は、自らの事情を語る。




「合唱は好き。中学の頃とか、学内の合唱コンクールを楽しみにしてたくらいだし」


「だったら入部したらいい」




 人数不足で今すぐに合唱を出来なくても、部員が増えたらまともな活動になるだろう。合唱が好きなら入ればいいと思う。




「私は声が小さいし、人前で歌えるほどうまくはないんだ」


「発声練習したら、それなりに歌えるようになるんじゃないか?」


「そうなのかな……。少し考えてみてもいい? 入部することになっても新聞部との掛け持ちになると思うけど」


「分かった。俺から江上に伝えておく」


「うん」




 染谷には是非とも入ってほしいところだ。


 合唱部がこのまま俺と江上の二人だった場合、他の人が俺達の関係を勘繰って入らない可能性が高いし、人が増えなければ俺も抜けづらい。


 彼女の気が変わらないように、暫く気を遣って接するようにしとこう。




「もう一度カノン弾いてくれない?」

「気を遣うなよ。俺のピアノ演奏聴いてもつまらないだろ」

「ずっと聴いてたいくらい」

「む……」



 染谷はピアノの音が好きなのかもしれない。

 他人にピアノ演奏を聴かせるのはまだ抵抗があるけれど、さっき一回聴かれてしまったのだから、今更拘る必要もないだろう。染谷に気を遣うと決めたばかりだしな。



 俺は再びピアノに向かい、ノンビリとした速度でカノンを弾き始めた。


 染谷が飯を食い終わるまでの間の辛抱だ。




 そうして十分ほど二人でダラダラしていると、またしても音楽室に乱入者が現れた。




「やぁ、翔君っ。君も隅に置けない男だね。琥珀ちゃんに飽き足らず他の女の子を部屋に連れ込むとは。意外意外」




 ケラケラ笑いながら入室して来たのは、江上姉だった。


 先日遭遇した時は随分ダラしない服装だったが、今は多少着崩している程度に留めている。


 華奢な美少女なのに、謎の包容力を感じるのは、生徒会長をやっていたからなんだろうか?




「あ、瑠璃さん、どうも」


「金曜日ぶりだねぇ。そっちの子は何ちゃん?」


「一年B組の染谷風花です」


「一年B組! 君も琥珀ちゃんのクラスメイトってわけね」


「ですね」


「瑠璃さん、どうしてここに?」




 放っておくと染谷が悪絡みされかねないので、俺は嫌々ながらも口を挟む。




「中庭までピアノの音色が聴こえたからね~。誰が弾いてるのか気になって、ついフラフラと来ちゃったよ」


「うわ、あそこまで聴こえるんですか」




 仮にも音楽室なのだから、そこそこの防音効果はあるとふんでいたのに、だいぶ遠くにまで聴こえてしまっていたらしい。


 一応理事長選出に関係する曲は、瑠璃さんに聴かせたらまずいかと思っていたけど、もしかするとこちらも聴こえていただろうか。


 多少の罪悪感で目が泳ぐ。




「ご飯時に優雅な曲を聴けて幸せ~~ってね」


「それは良かった……」


「ねぇ、翔君」


「はい」


「放課後時間ある?」


「今日、ですか? 暇ですけど」


「だったら、あたしに付き合ってくれない?」


「「は……?」」




 何故か染谷と声が被った。


 彼女の方を見ると、恥ずかしそうに明後日の方を向いてしまった。


 目の前で冴えない男が学校一の美少女に誘われたから、驚愕したんだろう。




 彼女が思っていることを想像するに、「こんな奴でいいのか?」かな。




「一人でお出かけは寂しいしね。十七時半にウチまで迎えに来てよ! じゃあね!」


「エー……」




 唖然とする俺と染谷を残し、瑠璃さんは音楽室を出て行ってしまった。


 俺は返事をしてないのだが、彼女の中では決定事項だったりするのか。




「いつの間に前生徒会長と仲良くなったの」




 染谷は再び不機嫌な表情で俺を睨んでいる。


 いや、俺からは何もしてないんだけど!




◇◇◇




 落ち着かない気分でホームルームが終わるのを待ち、染谷の冷たい視線を背中に浴びながら教室を出る。


 十七時半までの間、某ドーナッツチェーン店で時間を潰し、時間ぴったりに江上の家の前まで行くと、瑠璃さんがドアの前で待っていてくれた。


 江上琥珀もいないのに、この家で瑠璃さんと向かい合うのは妙に緊張する。




「ちゃんと来てくれたんだね」


「約束を破ったと思われるのは嫌だっただけです」




 ていうか、約束した覚えもない……。




「ちょっと荷物持ってもらわないといけないんだよね~、一回家に入って」




 手招きされるまま玄関に入ると、ケースに包まれた物が二つ置いてあった。


 一つはヴァイオリンのケースのようだが、もう一つのデカブツが分からない。




「翔君、悪いけど、デカい方持ってくれる?」


「これ、中に何が入ってるんですか?」


「電子ピアノだよ。結構重いから、落とさないように気をつけてよ~」


「はぁ」




 ただ運搬の仕事を手伝わせるために俺を呼んだだけらしい。


 家に女しかいないから、男手が欲しかったのだろうが、なんだか肩透かしを食らった気分だ。


 俺は軽く息を吐いてから、電子ピアノを持ち上げた

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