意外な接触①
教師が黒板に書いていく内容をノートに写しながら、俺は昨日江上に教えた事について考えを巡らす。
あの後、俺は一人で駅前の楽器店へと足を運び、レッスンルームであの曲を弾いた。
スマホのアプリで録音し、部屋に帰ってからそれを何度も何度も聴いのだが、ちょっとした発見をしてしまった。曲の法則性を見つけたかもしれないのだ。
どうやら、一定間隔ごとに、メジャースケールに沿ってベースラインを一段階ずつ音を下げていく箇所があるっぽい。
この規則性は、パッペルベルのカノンに使われていることから、その名にちなみ、”カノン進行”と言う。
クラシックだけではなく、近年J-popでも使われるくらいに普遍性がある手法だ。
有名どころだと、井上陽水の『少年時代』やSEKAI NO OWARI の『Dragon Night』、ZARDの『負けないで』、等だろうか。
部分的に使われている曲を挙げていくと、キリがないかもしれん。
頭の中で様々な曲を思い出している間に、予鈴が鳴った。
「よーし、じゃあ今日はここまでだ。次は小テストするから勉強しておくように!!」
「「「エー!?」」」
騒がしくなる教室の中で、俺よりも前方に座る江上の席に人だかりが出来、黒板が見え辛くなった。
黒板の半分も写していない俺は少々焦る。
隣に座る
真面目な友人を持つとほんと助かる。
彼女のノートから内容を写し終え、教室を出る。
いつもなら真っ直ぐに食堂に行くところなのだが、今日は他にやりたい事があるから後回しだ。
階段を三階まで駆け上がり、空中回廊を渡ってたどり着いたのは音楽室。
前の時間に授業で使われなかったからなのか、中は静まり返っている。
俺はいそいそと中に入って、引き戸を閉め、YAMAHAのグランドピアノの前に座った。
まず弾くのは、学生証の頁から拾ったコードの曲。
さっきからカノン進行と思わしき部分を弾いてみたくてたまらなかった。
それを何度か繰り返した後、次に弾いてみるのは、パッヘルベルのカノンだ。
ひたすら同じ旋律を重ねていくシンプルさながら、微妙に付けられていく変化。飽きがこないように絶妙な工夫をされている。
ドラマチックさに欠ける分、BGMとして優秀って感じかな。
指を動かしながら、やっぱりこの曲と仕組みの上で似ている部分があると思えてならない。
注意したいのは、この”カノン進行”は普通、ベース部分に使われるってところだ。
理事長が意図的にこのコードの使い方をしているとするなら、昨日発見した部分は、曲のベースに相当するかもしれない。
――ってことは、メロディーに相当する楽譜がどこかにあるってことなのか? 色々考える余地があるんだな。
入部させられたのが合唱部だったので、勝手にコードを三部合唱と関連付けてしまったが、もっと視野を広げて考えた方が良さそうだ。
取り敢えず飯でも食おうかと椅子から立ち上がると、唐突に教室の戸が開いた。
ギョッとして振りかえれば、そこに立つのは、染谷だった。
江上がいるから目立たないが、彼女も十分美少女と言っていいくらい目鼻立ちが整っている。艶やかな漆黒の髪のせいで、どこか日本人形みたいな雰囲気だ。
「もう弾かないの?」
「う、うん。もう気になっている事は解消したしな」
「生で聞くの始めてだけど、本当にピアノを弾くの上手いんだね。壁ごしでも綺麗に聴こえた」
「もしかして、音楽室の外でずっと聴いてた?」
「そう」
「さっさと入ってくれば良かっただろ」
「直接入ったら、心臓がもたなそうだし……」
「びょ、病院行けば?」
「それに入ったら、弾くのやめちゃうのかなって思ったら、勿体なくて」
「誰かが入って来てたら誰だって弾くのやめるだろ」
「やっぱりね」
いつもは淡々とした態度のくせに、今の染谷は少し踏み込んでくる。
彼女の読めない思考に恐れをいなし、強引に話題をかえることにした。
「いつもここで昼飯食べてんのか?」
「ううん。いつもはD組の友達の所に行って食べてる」
「あー……。弁当袋下げてるから、勘違いした」
「里村君を追いかけてここに来ただけ」
染谷は後ろ手で戸を閉め、最前列の席に座ってしまった。
居座る気なのか?
実際彼女は弁当箱を広げ始めている。
染谷を一人置いて音楽室を抜けるのも忍びないから、仕方がなく、話し相手になることにした。
「俺を追いかけてきたって言ってたけど、何か用?」
「用というか、話したかっただけ。里村君、合唱部に入ったらしいね」
「江上とのゲームに負けたし、仕方がない」
「優しすぎ」
何故咎めるような眼差しで俺を見る……。
合唱部に入るのがそんなに悪いことなんだろうか。
「今合唱部って、二人だけなんだよね? いつも江上の為だけに伴奏しているの?」
「入部してから伴奏は一回もやってないけど」
「じゃあ何やってるの?」
染谷が根掘り葉掘り聞いてくる理由にピンときた。
彼女は新聞部に所属しているので、学校の有名人である江上に関するスクープを掴みたいのだろう。
だが、残念だったな、染谷。
俺は簡単に情報を売り渡したりはしない!
江上の料理は旨いから、敵に回して、もう作ってもらえなくなるのは困るし……。って違う!
じゃあ何かと言われると言葉に窮すけど。
江上と一緒にやっている事の中で、無難な部分を伝えておくかぁ。
「まだ三日間くらいしか部活らしきものはしてないけど、そうだな……。二人でダラダラ話したり、江上の作った飯を食わせてもらったりしてるだけ。ぶっちゃけ、何もやってないに近いと思う」
けして嘘ではないが、色々事実が抜けまくった内容を伝えてみれば、染谷の動きがピタリと停止した。
「……それじゃあまるで、里村君と江上が付き合ってるみたい」
暗い表情で呟かれた言葉に、俺は大いに慌てた。
「違う! 俺と江上が付き合うわけないだろ? 向こうからすれば俺なんて、ただのモブなんだぞ」
「里村君からしたら江上さんはそういう対象ということ?」
「それ、おかしな思考だから!」
「最近凄く仲良くなってるから、気になっただけ」
「アイツが元々、誰とでも親し気に接するタイプだからそう見えるんだろ。そんなに気になるなら、お前も合唱部に入ればいいよ。俺達が付き合ってないって、すぐに分かるから」
「え……私が?」
「うん」
身内になれば、江上に気を遣って伏せておく必要は無くなるだろうし、染谷は俺の中では話しやすい相手なので、同じ部になるのは大歓迎だ。
どういう返事が返されるかと、彼女の顔をみると、その頬はどんどん赤く染まっていった。
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