指が覚えていた①
次の日も朝から江上に付き纏われ、更にそのことを良しとしなかったクラスの男どもに白い眼で見られてしまい、俺は六限の授業が終わる頃には疲労感でグッタリとしていた。
「里村君お疲れ」
「お疲れさん」
染谷が俺に声をかけ、教室を去って行く。
それを見送り、俺も立ち上がりリュックを背負う。
さっさと帰ってしまおう。そう思って出口に向かうが、誰かが俺の行く手を阻む。なんの意外性もなく、江上琥珀だ。
「今日は逃がさないからね」
そのキラキラと輝く瞳から視線を逸らす。
「勘弁してくれ」
「出来ない相談なんだなー、これが! だけど里村君は普通に頼んでも入部してくれなさそうだね」
「俺に限らず、入る気の無い奴には、どんな頼み方しても無駄だと思う」
「よし分かった! 勝負しよう!」
「ショウブ?」
また話が飛んだ。
怪訝な顔をする俺に、江上は素晴らしい笑顔を向けてくれる。
見た目がいい奴はそれだけで迫力を醸し出せるんだから凄い。
「里村君が勝ったら、もう何にも頼まない。ただし、私が勝ったなら、合唱部に入部してもらうからね」
俺としては江上にこれ以上関わられたくないので、やや心が揺れるものの、コイツの事だから絶対に自分が優位に立てる土俵で勝負を持ちかけるだろう。
だから用心深く質問する。
「何で勝負するつもりだよ?」
「ジャーン。これで勝負だ!」
彼女はまたしても俺の目の前にスマートフォンを翳した。
表示されているのは、LINEで人気の○ィズニーキャラクターのゲーム__俺が得意とするゲームの一つだ。
――負ける気しねー!!
これなら確実に江上との縁を切れるだろう。
俺は指をポキポキと鳴らし、自分のスマホを取り出す。
「分かった。決着をつけよう。さっき言った事は絶対に守れよ?」
「勿論そのつもり」
圧勝に間違いない! と思っていたのだが……。
「嘘だろ……?」
「もうちょっと点数伸ばせたかな~」
見せ合ったスマホ画面には、こちらの方が負けているように数字が表示されている。
「バグってるんじゃないのか? ソレ」
「んー? そうかな。スマホ交換してもう一回やってみる?」
「もう一戦頼む」
「オッケー」
正直他人のスマートフォンに触るのには抵抗があるのだが、このまま負けてなどいられない。
いざ勝負だ!
◇◇◇
「有り得ない……」
「里村くーん、もっとサクサク歩いてよね~」
「クッソ!」
あれから何戦もやったが、結果は全てボロ負けだった。
今まで一切交流が無かったから知らなかったけど、江上は相当あのゲームをやり込んでいたんだろう。
あの時早まった判断をした俺が憎くてしょうがない。
下唇を噛みしめながら、前を歩く少女の背を睨む。
向こうの方が身長が高そうなのがまた腹立たしい。
そんな彼女がクルリと振り返る。
「うっわー、陰湿な目!」
「部活引退までの間の放課後の時間を奪われたんだから、ムカつくのも当然だろ!」
「まー、まー、そう気を落とさないでよ。現状、部員は私と里村君の二人しか居ないし、当分はノンビリ出来るよ」
「え? はぁぁぁあ!? お前今二人だけって言った!?」
耳に届いた信じ難い言葉を念押しして問いかければ、堂々と頷かれてしまう。
「それ合唱部って言えないだろ!」
教えられた驚愕の事実に唖然とする。
俺が伴奏をして江上が一人で歌うとでも言うのだろうか?
だとしたらただのソロだし、合唱部の名を背負う資格はないはずだ。
「実はもっと部員は多かったんだ。だけど、合唱に厚みを出したくて、男子部員を勧誘しまくったら色々あってね」
「色々?」
「そう、色々! 内部で派閥? みたいなのが出来ちゃってさ、何度かの衝突の果てに、私一人残してだーれもいなくなっちゃった」
「……プッ」
失礼ながら噴き出してしまった。
想像するに、その男子部員とやらは江上目当てで入部しただろうし、元からいた女子部員達とはうまくやっていけなかったんだろう。両者が日々鬱憤を貯め、疲れ切り、退部を選んだ……と。
江上よりも元から居た女子部員が気の毒だ。
たぶん本気で合唱が好きだっただろうし。
「足元気をつけてね。この辺、最近整備されてないから」
気がつくと、木々が生茂る場所まで来ていた。
「この先は旧校舎だったか?」
「うん。旧校舎内の理事長室と、音楽室が活動場所なんだ」
「流石理事長の孫だな」
「そーそー、割と私物化してるんだよ」
「へー」
旧校舎で活動を行う部があるのは知っていたけれど、理事長室を占領出来るとは恐れ入った。
コイツ用の休憩室もあったりしてな。
少々羨ましい気分になりながら、歩いて行くと、前方に古びた洋館が見えてきた。
白い外装には蔦が絡まり、元々はグラウンドだったと思わしき場所には、丈の長い雑草がボウボウと生えている。
窓から見える校内は薄暗くて不穏だ。
本当に入るのか、あそこに。
「気が進まない」
「旧校舎にも七不思議があるって聞くけど、まだ外は明るいんだし、何も出てこないと思う!」
江上は何が楽しいのか、弾む様に歩き、旧校舎内に入って行った。
渋々それに続けば、建物の中はまぁまぁ明るく、他の部の生徒らしき笑い声が聞こえ、少々安堵する。
こういう場所は慣れたもん勝ちなんだろう。
「里村君、こっちだよ」
「あ、うん」
彼女の後を追い、ギシギシと鳴る階段を上る。二階の奥まで行くと、突き当たりに立派なドアがあり、江上はポケットから出した鍵で錠を開けた。
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