第28話 「それで『ロックバンドのリーダー』の第一印象は如何でしたか?」
「HISAKA、客…… あんたビジネスマンにお知り合いいたの?」
ドラムのセッティングの最中、タイセイが呼んだ。HISAKAは何だろな、とつぶやきながら出口の方へ向かう。
「今日はあの子こないねえ」
チューニングをしていたTEARは、立ち位置にガムテープを貼っていたMAVOに言う。
「ん?」
「あんたがエナちゃんと付けた方」
「さあどう出るかな」
MAVOは首を傾げる。
「吉と出るか凶と出るか」
「吉の方がいいなあ…… 美味しいお茶は心のオアシスなのよっ」
何と言ったものか。とりあえずMAVOはTEARに向かって渋茶を呑んだような表情をした。
「あんた別にあの子嫌いって訳じゃなかったんだ」
「別に嫌いなんて最初から言ってないじゃない」
「まあそうだけどさ」
「似ている奴が要領悪いと腹立つじゃない。それ」
「似ているかね」
べん、と電気を切ったベースが音を立てる。
「似てるよ」
「そうは見えないけどね」
「HISAKAとP子さんが似てるくらい似てるよ」
「それっていまいちたとえが悪いぜ」
TEARは肩をすくめた。
*
「PH7の代表のHISAKAと申しますが…… 失礼ですがどなたでしょう?」
HISAKAは目の前にいる男に訊ねた。姿を認めた瞬間、自分の所へやってきそうなこの年代、この類の男を自分の記憶や予想される範囲かにピックアップしたが、そのどれも当てはまりそうになかった。
「タカハシトモコの父親です。娘がどうもいろいろご迷惑を」
「いえ、別に迷惑など。こちらこそお世話になっています」
軽くHISAKAは会釈する。
「少しよろしいですか? さほど時間は取らせませんから」
HISAKAは時計を見て、
「三十分以内でしたら。まだ楽器のセッティングがいま一つなものですから」
なるほど、とトモコの父親はうなづいた。
*
オキシドール7に最も近い喫茶店は「シタール」と言う。その名の通り、インドの楽器が店の所々に置かれている。
「……と言うことなんです」
彼は先日の自宅で起きた会話を説明した。
「正直言って、あれがああ反論してくるとは思いませんでしたのでね。向こうが正面切って立ち向かってくるなら、それなりにこちらも知らないで済ませる訳にはいかないと思いましてね」
「そうですね」
HISAKAはコーヒーを含む。濃いのでミルクではなく牛乳がついてくる。非常に熱くしたものに好きなだけ注ぐ。タイセイあたりはそれじゃカフェオレだ、と言うが、まあ悪いものではない。猫舌の相棒は結構喜んでいる。
「はっきり言いまして、私は今のロックについては軽蔑しているクチなんですよ」
「はい」
「私には騒音にしか聞こえない。昔のビートルズくらいならまだ判りますが…… 当時は結構好きでしたからね…… 今のは音ががーがー鳴っている分にしか聞こえないんですよ」
「そうですね」
「と言うことはあなたもそう思ってはいるんですか?」
「客観的にみて、そういう風に聞こえる人もいる、ということは認識しています。あたしだって数年前まではそうでしたし、あたしにすら騒音にしか聞こえない音だって氾濫してはいるんですから」
「ほお」
「でもその騒音を好きな人もいる訳で」
「そこらがよく判らない」
「単純に…… こう言ってしまうと失礼かもしれませんが、世代のずれ、とか慣れ、というものも確かにあると思います。タカハシさんがビートルズを好きだった若い時代、やはりあれを騒音だと言った人々は多かった訳ですし、当時の大半の文化批評家はあれが一過性のものだ、と評していました」
「確かに」
「更に昔に向かえば、戦前なぞ、あのようにドラムが曲の中に入ることすら大半の日本の人は予想もできなかった訳ですし、ジャズが発祥するまでの欧米だって同様です」
「つまりはそういう時代だ、と」
「と、あたしは思っています」
「詳しいですね」
「そんなことはないですよ。自分のしていることを正当化しようと思うと、ついつい理論武装するための知識というものを蓄えてしまう、それだけです」
「なるほど。では単純に、トモコの世代はあれが音楽として聞き取れる世代だ、と」
「世代半分、個人の資質半分、でしょうけどね」
「そうですか」
HISAKAは残りのコーヒーを飲み干す。
「それで『ロックバンドのリーダー』の第一印象は如何でしたか?」
そう来たか。彼は微かに笑った。
「正直言って戸惑っていますね」
「そうですか?」
「まずあなたが女性ということに驚いた。そして言葉に驚いた」
「言葉ですか」
「結構しっかりした方だと思われる」
「ありがとうございます」
にっこりと笑いながらHISAKAはそれにも軽く会釈する。
「ほらそういう所ですよ。それにずいぶんと勉強家のようだ。興味本位ですがいいですか? HISAKAさん、あなたは何故このようなバンドをやっているのですか?」
このような、ね。HISAKAはその言葉の裏を考える。
「まだロックが騒音だった昔はピアニストを目指してました。音大も途中まで行ってたし、マトモにやっていれば何処かの楽団に入ってたまではないですか」
「それは素晴らしい」
なのに何故? と含まれている。ならばその問いに答えてあげましょう。別に自分のことなど知られたって困りはしない。
「だけどつまらなくなったんですよ」
「つまらない? クラシックがですか」
「何て言いましょうね」
HISAKAは前に落ちてきた髪を軽くかきあげる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます