外来植物「アレチウリ」

武州人也

外来植物アレチウリ

 貴方は、河川敷などで、函館五稜郭のような形の葉をつけるツル植物が繁茂しているのを見たことがないだろうか。それは、アレチウリという名の植物である。


 アレチウリ(ラテン名Sicyos angulatus)は、北米大陸原産のウリ科一年草である。河川敷などで繁茂する大型のツル植物では、マメ科の在来植物であるクズ(ラテン名Pueraria lobata)と双璧を成す存在である。

 クズとアレチウリは、慣れていない人では遠目からだと見分けがつきにくい。同じような場所にこの二種が生えて、勢力争いを演じていることがよくある。が、近くに寄れば、判別は決して難しくない。

 まず、葉の形が全く違う。アレチウリは前述の通り、函館五稜郭のような五角形の大きな葉をつけている。それに対して、クズは丸みを帯びた三枚一セットの葉をつける。これだけでも、全く違う種類の植物であると分かる。

 また、花も似ていない。クズは夏から初秋にかけて赤紫色の鮮やかな花を咲かせる。その花はとても見栄えがするので、ススキ、ハギ、オミナエシ、キキョウ、ナデシコ(カワラナデシコ)、フジバカマと共に「秋の七草」と呼ばれる。余談であるが、「秋の七草」の内で比較的よく見られるものは、ススキ、ハギ、クズぐらいなもので、他の四種はいずれも絶滅危惧種であったり、個体数が減っていたりして今では珍しいものとなっている。何とも残念な話だ。

 アレチウリも夏から初秋にかけて開花するが、アレチウリの咲かせる花がどんなものかを知っている者はそう多くない、と筆者は予想している。というのも、アレチウリの花は地味そのものであるのだ。星形の小さい花をつけるのだが、これといって見栄えがするわけでもない。

 その他の差異と言えば、茎や根であろうか。アレチウリのツルには、クズにはない「巻きひげ」がある。同じ科のキュウリなどにも見られる器官であり、他の植物に巻き付くためにつけるものだ。その他、ツル自体を見ても、全体的にクズの方がツルが太く力強く見え、対してアレチウリのそれは細く貧弱そうだ。根も、アレチウリよりクズの方がずっと太く、クズの根は強靭そのものである。アレチウリの根は掘れても、クズの根を人の手で掘り尽くすのは非常に困難である。

 

 さて、このアレチウリなる外来植物であるが、実はかなりの厄介者なのだ。

 この植物が芽を出すのは、大体六月頃である。芽を出したアレチウリは急速に成長し、八月頃には数メートルもの長さのツルを伸ばしてしまう。ツルを伸ばして辺りを覆ってしまうことで日光を遮り、他の植物の生育を阻害してしまう。

 さらに、繁殖力も非常に旺盛である。秋頃になると、トゲで覆われた金平糖のような形の実をつける。これに種子が入っており、一株で400~500個の種子をつけるという(国立環境研究所・侵入生物データベースより)。一方、別の資料では4500~78000の種子をつけるという記述もある(農林水産省パンフレットより)。また、この種子は土壌シードバンクを形成する。土壌シードバンクというのは土壌で発芽能力を保ったまま休眠する種子を呼ぶ言葉である。つまり、株を全て駆除しきっても、以前に土壌中に落ちた種子があれば、翌年また発芽してしまうということである。

 その上、種子は川の流れに乗って拡散しているようである。河川敷で見かけることが多いのは、このためであろう。下流で根絶したとしても、上流に株が残っている場合、再度侵入されてしまう恐れもある。

 上記の理由から、一度侵入を許してしまうと、防除に取り組んでも、根絶には長い年月を要することとなってしまうのだ。

 防除に際しては、とにかくひたすら手で抜くか、除草剤を使うこととなる。手で抜く場合、根から抜かなければ地中に残った根からの再生を許すことになる。幸い、根はそれほど深くは張らない。特に六月頃の新芽の時期であれば楽に抜けるであろう。ただ、晩夏に除草する場合、結実後の株に注意するべきである。アレチウリの実はトゲに覆われているので、ゴム手袋が必須となる(筆者は六月の駆除にしか参加したことないが)。六月の新芽の時期と、九月の花期の二度に分けて駆除するのが効果的とされる。私は六月の駆除に参加したことがあるが、引き抜くのはそれほど困難ではなかった。この時期のアレチウリは新芽なので、アレチウリよりもヒメジョオンやヘラオオバコ、ハルシャギク、バーベナなどの他の外来植物の方が目立っていて、そちらの方が気になって仕方がなかった記憶がある。


 さて、このアレチウリであるが、何かに利用できないだろうか。外来植物でも、食用になったり、或いはそれ以外の用途に利用されるものは少なくない。シロツメクサやヒメジョオンなどは、外来植物でありながら戦時中や戦後に食用植物を紹介する目的で選定された「夏の七草」に選ばれている(他はアカザ、ヒユ、イノコヅチ、ツユクサ、スベリヒユ)。

 結論からいえば、このアレチウリ、人間にとっては何の役にも立たない植物である。寧ろ、耕作地で増えた時に防除に手間取ることや、トゲ付きの実に怪我を負わされることを考えると、害しかないと考えた方がよいであろう。同じような場所でツルを伸ばすクズは根が葛粉の原料になるのだが……(加えて花も食べられるらしい。揚げ物にするといけるんだとか)。敢えて言うとするなら、このアレチウリの花は蜜を多く出すようで、ミツバチが止まっているのをよく見る。蜜源として優秀なため、英語の文献を読むと、原産国アメリカでは採蜜植物として重宝しているとのことだ。秋の季節の百花蜜には、このアレチウリの蜜が混じっていると思われる。


 アレチウリは、環境省によって「特定外来生物」に指定されている。この法によって、本種は生体の移動、輸入、飼養などが禁止されている。まあ、本種を家に持ち帰って栽培しようなどという人はまずいないであろう。それほど、本種は生態系への影響が大きいとされ、強く警戒されている。


 日本では同じような場所に生えるクズと勢力争いを演じており、一部ではクズを駆逐して繁茂しているとも言われる。だが、皮肉なことに、アレチウリの原産地アメリカでは、日本から移入されたクズが外来種として定着し、問題になっている。天敵のいない環境で、持ち前の生命力を発揮しツルを伸ばしている様を見たアメリカ人によって「緑の悪魔」などと呼ばれており、トレーディングカードゲーム「マジック・ザ・ギャザリング」には「kudzu」というカードがあるぐらいだ。クズとアレチウリは、さながら交換留学生のように、お互い相手国に入り込んで悪さをしているのである。

 移入の経路としては、アレチウリは輸入大豆に混じって非意図的に移入されたとされる。1952年に静岡で確認されたのが、国内初の発見例である。有用な植物ではないし、見栄えのするものでもないから、意図的な輸入でないことは確かであろう。一方のクズのアメリカへの侵入は意図的なものであり、19世紀後半に初めて持ち込まれ、20世紀の初頭に緑化のために植えられたものが放置され広まったとされる。

 悪さをしている、と書いたが、このような擬人法的表現は誤解を生む可能性があろう。別に彼らに悪意があるわけではない。あくまで彼らは人間の営みによって異郷の地に根を下ろすことになった、というだけである。それでも、彼らを放っておくわけにはいかない。日本やアメリカに元々住む動植物にとって彼らは招かれざる客であり、非常に精密なバランスで成り立っている生態系を破壊する脅威のインベーダーである。そのインベーダーを招いたのが人間である以上、防除という名の尻拭いの義務を負うのもまた、人間なのだ。

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