拡散する星の種

まっく

拡散する星の種

 今日は、彼と付き合って一ヶ月の記念日。

 彼氏の悠斗ゆうとに「大切な記念日だから、どうしても陽菜はるなに逢いたい」と、私はある場所呼び出された。


 スマホの地図を頼りに、目的の場所に辿り着く。仕事が少し遅くなり、約束の時間ぎりぎりになってしまったが、まだ悠斗は来ていなかった。

 そこは、繁華街のすぐ近くとは思えないほど静かで、明かりも少ない。遠くでパトカーや救急車のサイレンがひっきりなしに鳴っているが、気にならない程度の音量しか届かなかった。

 少し離れた所にカップルが一組いるだけで、人通りは全然なく、恋人同士で逢うにはいい場所かもしれない。


 悠斗は「プレゼント用意して行くから、楽しみにしておいて」と言っていたが、毎月ごとに記念日をやりそうな口振りだったし、大学生なのに大丈夫かなと思ってしまうけど、素直に喜んでおけばいいのかな。

 とりあえず、悠斗が来る前に、リップを直しておく。



 悠斗は、私の会社のイベント会場の設営に、バイトで来ていた大学生だった。

 たまたまお昼のお弁当を食べる時に、二人っきりになって、黙ってるのも気詰まりなので、「家、どの辺なの?」と軽く聞いてみた。

 そしたら、いつの間にか家族の話になって、悠斗は小さい頃に両親を事故で亡くして、ずっと育ててくれていたお婆ちゃんまで、最近亡くしてしまい、天涯孤独になってしまったのだという。

 私も高校生の時に両親を立て続けにガンで亡くしていたので、他人事とは思えなくて。

 お互いに運命を感じて、もうその日のうちに付き合うことになったのだった。


 悠斗は二十一歳で名門の大学生に通っている。結構モテそうな見た目をしていたが、ちゃんと付き合うのは、私が初めてらしい。ものすごく子供っぽい所がたくさんあって、年下と付き合うのが初めてだった私には、とても新鮮だった。

 時間が合うたびにデートを重ね、この一ヶ月はあっという間に過ぎた。



 人が一人、こちらに向かって歩いて来る。遠くからでも、歩き方で悠斗だと分かった。

 手には花束らしき物を持っている。

 カップルは、悠斗が横を通りすぎると、慌てたように、ここを立ち去った。

 別に邪魔するつもりもないし、この距離なら、お互いに気になるほどでもないのに。


 しかし、彼が近くに来て、その意味が分かった。

 手にした花束はボロボロ、着ている服も乱れ、どす黒い血が服に、手に、顔に、べっとりと付いている。

「ヒッ」と思わず、そう口にしてしまい、慌てて手で口を押さえる。


「大丈夫……なの? 血がすごい……」


 それ以上、言葉にならない。


「鏡を見るタイミングが無かったからね。花もダメになっちゃった」


 悠斗は「そんなに汚れてる?」と小さく声に出しながら、自らの体を眺め回す。

 私は一歩、二歩と後退あとずさる。


「大丈夫だって。あるのはかすり傷くらいだし」


 私はさらに一歩、二歩と悠斗から遠ざかる。


「別に逃げなくてもいいじゃん。いくら人気ひとけないからって、襲ったりしないって」


 悠斗は冗談めいた口調で言う。

 私は「うん、そうだね」と口に出したつもりだが、たぶん、うまく音になってない。


「そっか、時間に少し遅れちゃったから、怒ってる? そういうの許せない人?」


 悠斗が口を開く度に、言葉の意味を理解するのが難しくなってきた。

 このままでは、話が進みそうにない。とにかく、怖くても聞くしかないと思った。


「いったい、何があったの?」


 悠斗は「あぁ、それご飯食べながら話そうと思ったんだけどな」と小声で言った後、おもむろに語り出した。


「陽菜さぁ、都会には星が少ないって、よく言うよね」


 確かに、悠斗と夜一緒に歩いてる時に、何度か言った記憶はある。地元の長野では、東京なんかより星がいっぱいで、寂しい時とか、空を見上げて、癒されてた。東京の空は薄い膜が張ってあるようで息が詰まる。


「だから、陽菜のために星をたくさん増やしてあげようと思って」


 星を増やす? よく意味が分からない。


「昔ね、パパとママが死んじゃった時にね、お婆ちゃんが言ったんだ。人は死ぬと、みんなお星さまになるんだよって」


 悠斗の目は遠くを見ている。


「だから、とにかく、たくさんの人に死んでもらった。それが僕からのプレゼント」


 逃げ出したいのに足が動かない。


「もうそろそろ、みんな星の種になって、宇宙空間に拡散してる頃だよ」


 悠斗は空を見上げて、嬉しそうに笑っている。


「まだまだ全然足りないと思うし、これからも陽菜のために、どんどん殺していくからね」


 相変わらず遠くで、パトカーや救急車のサイレンがひっきりなしに鳴っている。

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