空色の秋桜

彩 ともや

空色の秋桜

あるところに、1本の秋桜が咲いていました。


秋桜はいつも空を見上げていました。


青く透き通る空。


そこを飛ぶ、数羽の鳥。


その光景を見るのが大好きでした。



「ねぇ、兄弟。何故僕たちはこんなところにいるのだろう」


「さぁねぇ、兄弟。わからないよ」


風に茎を揺らされながら、兄弟たちは楽しそうに過ごします。


「あ、兄弟。人間だ」


「あちらも兄弟。兄と妹だ」


兄の方が妹の手を引き、こちらへ向かってきます。

妹のワンピースも兄弟たちと同じ、薄いピンク色でした。


兄と妹は、ピンク色の波をかき分けるように秋桜畑に入ってきました。

踏み倒された兄弟は、茎を折られてもなお空を見上げます。


兄が、秋桜を1本手に取ると、プチリ折ってしまいました。


「あーあ。兄弟。お別れか」


「じゃあな兄弟。また来年」


プチリという断末魔と憐れな茎を残し、兄弟は兄の手の中に収まりました。


秋桜たちが風に揺られてその折られた花に別れを告げます。


カサカサと花や葉が擦れあうような音が兄と妹をを包みました。


兄がその秋桜を妹に差し出しました。

妹はにっこり笑顔で受けとると、横にあった、まだ咲ききれていない若い秋桜をこれまたプチリと折り曲げ、兄に渡します。

もらった兄も嬉しそうに笑い、二人は帰って行きました。


「今日は二人。兄弟が摘まれた」


「明日は何人、兄弟が摘まれる?」


「お前が摘まれるだろうか。俺が摘まれるだろうか」


「摘まれたら、どうなるんだろう」


「そりゃ、兄弟、死ぬんだろう」


「死ぬけど、兄弟、あの兄と妹を見ただろう?幸せそうだった」


「確かにそうだ。あの顔のために俺たちはここにあるのかもしれない」


夜の星空の下、兄弟たちの話し声がカサカサと響いています。

月明かりは弱く、何の道しるべにもならなさそうです。



「兄弟、今日は祭りか何かかい」


いつものように空を見上げていると、何やらうるさい音が聞こえました。

兄弟たちもそれに気づいて辺りを見回します。

しかし、祭りの時のような大勢の人の姿はなく、烏が一羽、電線に止まっているばかりでした。


「あの兄と妹は今日は来ないだろうか。俺はあの子達に笑ってほしい」


1本の秋桜は雲1つない空を見上げます。

綺麗な青色。

秋桜は空色と呼んでいます。

その空色に、黄緑が飛んできました。

うるさい音と共に、視界に緑が飛び散ります。


「兄弟、またな…プチリ」


「兄弟。来年まで…プチリ」


「じゃあな、きょ…プチリ」


「バイバイ…プチリ」


「また…プチリ」


どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん秋桜たちが死んでいきます。

ガガガーという騒音と共に、銀色に輝き回転する悪魔が来たのです。

それを従わせているのは男性。

男性的はねずみ色の服を身にまとい、悪魔を振り回していました。


ガガガー、ぶぅんぶぅん、ガガガー


バッサバッサと朽ちていく兄弟たちは、笑顔をつくるでもなく、地面に落とされ、踏まれていきます。

綺麗に咲き誇っていた若者も、まだ咲ききれていなかった幼子も、皆平等に男性に踏まれていきます。


「何故だ兄弟。何故あなたたちは死んでいるんだ」


1本の秋桜は目の前を緑色、ピンク色、空色に染めながらただただ立っていました。

逃げようとしても逃げられません。

足が動かないのです。


「笑顔にしないのか。生きる意味を果たさなくて良いのか」


空色。

1本の秋桜の胸に、ぐにゃぐにゃとした熱い何かが沸き上がります。


「何故だ。何故俺はここにいるのだ。何故あの色に届かないのだ。何故死ななければならないのだ」


男性が近づいてきます。

音が、大きくなります。


「お前に殺されたくはない。来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


「落ち着けよ、兄弟。また来年だ」


「そうさ兄弟。また来年」


兄弟たちがなだめますが、1本の秋桜は震えて歯をガチガチと鳴らせます。


「いや、兄弟。来年などない」


目の前にねずみ色が現れ、悪魔が命を摘みに来ました。







何故植物は人間に支配されるのだ。



植物が人間を支配すれば良いだろう。




こんなにも、空は綺麗なのに。








断末魔も悪魔の叫びにかき消され、1本の秋桜は命を終えました。



















「ねぇ、こんな噂、知ってる?」


「え?」


「あのね、坂の上の彼岸花畑、あるでしょう?そこの彼岸花を摘むと、身体中から青い液体が出て、死ぬらしいよ。それで、そこの彼岸花畑の一部にされちゃうの」


「青い液体?」


「死ぬ本人には青く見えるだけで、全身から出血するの。それでぽっくり。」


「えぇ?何それ。てか、それなら彼岸花、触れないじゃん」


「本当何だって。で、その彼岸花って特徴があってね、球根がないの。種で増えるのよ」









ねずみ色の服を着た、悪魔を連れた男性が、今年も畑にやって来ました。

悪魔を振り回し、彼岸花達を殺していきます。


「う…っあがぁかぁああぁぁあああ!!」


畑に絶叫が響き渡ります。

血液が飛び散り、それを振り撒きながら、男性は畑を走り回りました。


「たす…助けてくれ!!助けてくれぇ!!痛い、痛いよぉ!体が裂けるっ!」


やがて、ばたりと倒れこみました。

その男性を彼岸花たちが包み込みます。

うるさい悪魔を茎で黙らせると、1本の彼岸花が男性に自らの花を突き刺しました。

男性の体はみるみる萎んでいき、皮と骨だけのミイラの様になりました。

そこに1本の彼岸花が種を植え付けました。



綺麗な綺麗な彼岸花になれるよう祈って。


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空色の秋桜 彩 ともや @cocomonaca

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