花粉バスター 昂!

星 太一

マキちゃんを救え!!

 中学校の校庭の隅にはどでかい三本の木が連なって生えている。きっと先生の言ってた種がどーたのこーたのってのが原因だろう。

 ただ、それがシンボルとして愛されてたかどうかで言うと全くそんな事は無い。

 どっちかっつーと恐れられてたし、もっと言うと憎まれてもいただろう。

 奴らはそこの生徒達からこう呼ばれていた。


 ――「恐怖の殺人杉」


「おい」

 学ランのポッケに手を入れて威圧感を出しながら奴らの元に到達。

「おいおい、恐怖の殺人杉さんよォ」

「あいつ、またやってるよ……」

「中一ってこんなに馬鹿なの?」

「あいつだけだよ」

 ヒソヒソ声なんざ、小さすぎて届かないね! なんたって相手はでけぇ杉の木なんだからな!

 奴らはそこにドーンと構えて俺らを見守っている――様に見せて実は機会を窺っている。その季節になると奴らは花粉を大量にこさえて一気に学校側に飛ばしやがる。その勢いはまるで砂漠の砂嵐。そして俺の愛しのマキちゃんは杉の花粉症……。そのせいかどうかは知らねえが彼女は小学校から中学校に上がる間に遠くに引っ越しちまいやがった。

 入学式の日に告ろうと思ってうじうじしてた俺の計1167時間を返せこの野郎。

「どりゃ! 杉の木、覚悟しやがれ!!」

 うおおお! (走る擬音)

 ぐわああ! (迫る擬音)

 ――と、ここで杉の木の最後○切り札、「ロイヤル突風花粉クラッシュ」発動!

 出た! これが恐怖の殺人杉の名前の由来……! 薄黄色の巨大な砂煙ならぬ花粉煙がファイターに襲いかかる。しかもあの攻撃は毒属性。余り食らいすぎると最悪死ぬ(花粉症的に)。

 しかしこんなのに負けるわけには……! こいつらを討伐できるのは……マキちゃんを救えるのは花粉症じゃない俺しかいない!

「俺にも奥の手はある……! 行け、ファイナル昂クラーッシュッ!!」

 因みに「昂」はこうと読む。「すばる」とは微妙に漢字が違うのでお忘れなく。

 さて。

 正確に二十歩の助走をつけ、左足で踏み込み、空中で確実にポーズを決めつつ奴の幹に跳び蹴りを食らわせる。

 ポイントは決め台詞「ウキャキャキャー!」である。

「行くぞ……とうっ!!」

 ――と、視界が悪いためによく見えなかったからか、足下の石に盛大に突っかかる。

「どわっ! とっとっと――!」

 ああ、まずい!!

 図太い幹が真正面に……!

 ゴーン!!

 ぶわっ!

「ぎゃああ! 花粉が余計に!!」

「おいテメ、石頭! 何してくれとんじゃ!」

「窓を閉めろ!!」

「無駄だ……共に死のう」

「光貴イィィイ!」

 ぐ……ぐぐ、おにょれ、杉……。

 おでこが、痛い……。

「おい、昂。授業の時間だ」

 ここでタイムアウト。

 ガスマスクを装着した先生に首根っこを掴まれてしまった。

 覚えてろよ!


 * * *


 放課後の理科室。

「お前、クラッシュ好きだよな」

「うるせぇ、さっさとあのロイヤル突風花粉クラッシュに対抗する術考えやがれ、直毛ロン毛眼鏡」

「長い。それと神風だ。神風かみかぜ大登ひろと

「うるせぇ、直毛ロン毛眼鏡」

「……はぁ。君はニトロを知ってるか」

 切れ長の瞳が俺をちろりと見てくる。

「当たりめぇだ!」

「ほお、馬鹿にもそんな知識が備わっていたか」

「大手家具メーカーだろ!」

「それはニ○リだ馬鹿者。私が言っているのはニトロ。ニトログリセリンだ」

「この企画になってからこういうネタ多いよな、この作者」

「池に沈めるぞ」

「すみません」

 思わず冷や汗が流れた。

「で、そのニトログルグルって何だ?」

「超簡単に説明すると爆薬の素。ここまで言えば流石のお前でもやろうとしてる事が分かるだろう」


「――で! 今に至るという訳だな!」

「小説って便利だよなー、本当」

 直毛ロン毛眼鏡がヘルメット越しに頭をガシガシかき回す。

 あの殺人杉の周りに大袈裟な立ち入り禁止テープを張り巡らして、俺達は着々と準備を進めていた。

『危ないです! 生徒の皆さんは下がって下さい!』

『ほら、下がって下がって!!』

 部長の命令に逆らえない科学部の部員達が必死で野次馬を杉の木から離す。

 スマホを天に向けて伸ばしている奴らも言うなれば拡散する種である。

 拡散する種を駆逐する動画を拡散する種。

 何だか面白い。

「――ってぐわああ! てめぇみたいな思考回路身に着けちまったじゃないか!!」

「良かったじゃないか、そのまま科学部の一員になるか? 常時募集中だぞ?」

「だったら隣街の変人集団に帰属した方がマシだ!」

「犯罪予備防止委員会? あそこの女の子、アホ可愛いらしいな」

「うるせいやい! 俺はマキちゃんただ一人なんでいっ!!」

「そう言って……」


「ずっと連絡もしないで彼女の行き先も知らない癖によく言うよ」


 ――え。

「ほら、そろそろ時間だ」

「お、おう! マキちゃん、見ててくれよな!」

「気合いの籠もった届かない叫びをありがとうございます」

「うるせぇ! イヤミ直毛ロン毛眼鏡!!」

「増えたな」

 そう言い残しながら奴はツカツカと前へ歩んでいき、野次馬を追い払う部員の一人からメガホンを奪い取った。

『皆さん! 今からこの馬鹿花粉バスターの最後の戦いが始まります!』

 ギャーギャー!!

 凄い熱気だ。

 今までと違う事が始まるってだけで、こんなにも人間盛り上がれるものなのか。

『今回使うのはニトログリセリンです。この殺人杉を駆逐する為に日々一人格闘技を続けていたのですが、遂に我々科学部と――』

 長々とした演説が野次馬をどんどん刺激する。

 そんな中、あの殺人杉がザワザワと枝を揺らめかして最後の抵抗でもするように大量の花粉を吐き散らかし始めた。

「……! おい、イヤミ直毛ロン毛眼鏡! ロイヤル突風花粉クラッシュだ!」

「ちっ。さっさとやるぞ。――おい、そこの奴らもっと下がれ! 爆散したいのか!!」

 あいつが不格好でアナログな機械を手にした。

「これで終わりだ、恐怖の殺人杉……! その毒属性の体、木っ端微塵にしてくれる」

 その顔が自然と悪い奴のそれになる。

「カウントダウン、始め!」

『行くぞ皆!』

 オオオ!!

 うちの学校はノリだけは天才的に良い。

『三、二、一……!』


「止めろてめぇら!!」


 ――と、とても良い所で後ろから迫ってきた理科教師の杉田に、イヤミ直毛ロン毛眼鏡は投げ飛ばされてしまった。

「一本!」

 柔道部の顧問、吉田が一声そう叫んだ。


 * * *


「今日こそ駆逐してやるよ! 殺人杉イィイ!」

 ギャギャギャ!!

 でかいトラックでドリフトをかましながら、校庭脇に到着する。

「うおっ、っぶねぇな! 中学出てもまだ言ってんのか!」

「あ! 杉田!! あの時作戦をぶっ潰した怨み、まだ忘れてねえからな!!」

「杉田先生だろ」

「うるせぇ、このボサボサ頭の副職持ち無精髭!!」

「お前は科学部に何の怨みがあるんだよ」

「俺はな、マキちゃんを救うんだ。だから作戦ぶっ潰したおめぇだけは許さねぇ! それだけの話だ!」

「……それもまだ言ってんのか。連絡もろくに取らず、彼女がどこに引っ越したかも知らねぇ癖に。その三本に恨みぶつけて何になるってんだ。世界の花粉がそれで止むわけじゃないだろ」

「う、うるせぇうるせぇ! 人の心えぐりやがって!」

「正論だ」

「ホンット嫌いだ、そういうとこ!」

「はいはい。分かった分かった」

 うんざりした顔で耳を適当にほじくりながら生返事をする杉田。

 話聞けよ!

「ぐるる……」

「唸るな。――ホラ、念願叶う日だろ?」

 杉田が俺が持ってるチェーンソーを撫でながら微笑む。

「すーばるー! 早く来い!」

 同僚が遠くから呼んだ。

「うるせぇ、こうだっつってんだろ!」

「ほら。お前の勝利の日だ」

「……」

 胸に何だか知らない変な熱が込み上げた。

「待ってろ、殺人杉。おねんねの時間だぜ?」

 ざく、ざく。

「ほらほら、お前の唯一の弱点だ。どーだ、びびってんのか? なぁ。攻撃したらどうだ」

「おい、何言ってんだ。近所から苦情が来たっつって受けた仕事なんだからぐずぐずすんな!」

「おう!」

 俺はチェーンソーのエンジンを思い切りふかした。

「杉田、危ねえぞ! 理科研究室戻ってろよ!」

「いや、俺は見てるよ」

「……そっか」


 キイィン!!

 大量の杉の粉を出しながら悲鳴にも聞こえる甲高い音を妙に静かな心で聞いていた。

 何でもかんでも空回りしていた中学時代。

 あの日、大登の放った言葉で俺の中の何かが変わった。


『ずっと連絡もしないで彼女の行き先も知らない癖によく言うよ』


 何の為に、誰を救いたくて、俺がどうしたくて、こいつに蹴りを入れては迷惑がられていたのか分からなくなった。

 変わらずそこにずっとあるはずだった杉の木を爆散させようとした日、根に唾を吐き付けた日、跳び蹴りをしたかったのにおでこから突っ込んで全身真っ黄色になった日。

 途方もない数々の戦いが今日、終わる。

 杉はクレーンを使って支えられながら静かに横たわった。


 予想してた終わりってこんなだったっけ。


 同僚達の手でどんどん短くなっていく奴らを俺はぽかんと眺めていた。

「おい、チェーンソー持ったまんまぼさっとするな!」

 同僚にいとも簡単にチェーンソーがひったくられる。

「あーやれやれ、終わったな」

 後ろで長いイベントが終わった後の失礼な客のような態度を取る杉田。

 気付いたらその胸倉を引っ掴んでいた。

「何やってんだ」

 杉田の声が一々冷静でムカつく。

 拳に力を込める以外何も出来なくて、ひたすら悔しかった。

「お前の勝利だな、昂」

 優しく笑いかける杉田。

「あぁん? てめぇ、なーに泣いてんだよ。マキちゃんに報告しないんですかー?」

「ちげ、馬鹿。俺も花粉症になっただけだ!」

「ははは……そうかもなー」

 青空に杉の粉が舞ってゆく。

 手袋をはめたまま目をごしごし拭ったらとてもイガイガした。


「なあ、今夜付き合えよ。マキちゃんの連絡先教えてやる」

「何でてめぇが知ってんだ、杉田!」

「大登からの受け売り情報だ。――奴も来るからなー」

「どこまでもムカつく奴らだな! 三角フラスコでビールでも飲んどけ!」

「死ぬぞ?」

「死んでろ!!」

 桜の代わりに飛んできた花粉でくしゃみをした。

(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花粉バスター 昂! 星 太一 @dehim-fake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ