四年後の真実

不知火白夜

A

 男子大学生の須崎スザキ敦貴アツキには、少し変わった先輩がいる。

 その先輩の名前は平沢ヒラサワ龍次リュウジ。先輩といっても大学の先輩ではない。六つも年上で、家が比較的近所というくらいで、親同士の交流があるわけでもない。出会ったきっかけは、家の近くで祖母に見守られながら姉と遊んでいた時に、当時小学生だった龍次が話しかけてきたこと。当時敦貴は三歳ほどで、龍次のことはとても大人に見えた。

 それから仲良くなったある日のこと。敦貴の誕生日が2月29日だと知った龍次は大層驚いた。珍しい、すごい、と感嘆した。普段さほど表情筋を使わない彼の表情が分かりやすく変化したのを敦貴は印象深く受け取っていた。

『じゃあ、そのたんじょう日には、ぼくが、プレゼントをあげる』

 どこか顔を赤らめていた彼は、当日、本当に敦貴が好きなお菓子を買って渡してくれたのだ。それがとても衝撃的で、嬉しかったことを覚えている。


 そんなきっかけから十七年。今でも毎年、毎回誕生日を祝ってくれている。

 記念すべき二十歳の誕生日である今回は、敦貴が一人で暮らしているアパートでお祝いをしようという約束をしていた。

 日も暮れてきた頃。バイト帰りに近くのスーパーで夕飯の買い物をしていると、上着のポケットに入れていたスマートフォンから音が聞こえた。確認すると龍次からのメッセージが表示されている。

『お前の家の前来た』『酒とつまみ買ってきた』『今どこ』

 簡潔なメッセージが立て続けに表示されて、それに簡単に返事をすると、すぐさま短く『そっち行く』とだけ返事が来た。

 それから数分後。店内を流れる音楽を背景に、肉のパックを手に悩んでいた敦貴の後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこに居たのは、コートのポケットに手をいれて突っ立っている龍次がいた。


「こんばんは」

「よう、バイトおつかれ」

「ありがとうございます」

「何みてんだ?」


 短く言葉を交わして、龍次は敦貴の隣から手元を見やる。そこにあるのはパックされた豚肉。鍋に入れるものだと言った敦貴の言葉を受けて、牛肉にしろと少し高めのものを指さした。


「……高いじゃないですか」

「なら僕が払う。というか今回の買い物の分全部僕が払う。お前の誕生日なんだからな」

「……いいんですか」

「いい。そんなことは気にするな」

「ありがとう、ございます」


 誕生日なのだからと言われて、まぁいいかと気が緩んだ敦貴は、その後も龍次に任せて買い物を続けた。鍋の具材をいくつかと、他にも無くなっていた日用品を購入して帰路につく。後ほど金を返すとも言ったが、再度気にするなと言われたのでそれでいいのかと悩んだが、極力気にしないことにした。


 二人でアパートに戻り、明かりをつける。日用品を決められた棚などに戻して、龍次が買ってきた酒などを冷蔵庫にしまい、夕飯の準備に取り掛かった。

 鍋を用意して、二人で雑談をしながら野菜や肉を切った。つまみも電子レンジで温めて皿に移し、暫くしてなんとも美味しそうな鍋が完成した。

 それを食卓に置いて、二人向かい合って座席につく。傍らには缶チューハイが二本とビールが一本と、二人分のグラスがある。


「酒、適当に買ったけどよかったか?」

「あ、はい。大丈夫です。じゃあ、食べましょうか。いただきます」

「ん、いただきます。……んで、誕生日おめでとう、敦貴」

「ありがとうございます」

「いやぁ、あんな小さかった敦貴が、もう二十歳か……」

「そうですよ。もう、一応大人の仲間入りです」


 感慨深く言った龍次が、敦貴のグラスにレモンチューハイを注ぐ。氷が入れられたグラスの中では炭酸が弾けた。

 お互いのグラスを軽く突き合わせて敦貴は初めての酒をコクリと飲む。どうだ? と問う龍次の言葉に敦貴は暫し考えたあと『ジュースみたい』とそれだけ呟いた。


「なんだろう、もっと違うもの想像してました。これだと、ほんと、ジュースみたいですね……」

「どんな想像してたんだ」

「いえ、分かりませんけど、もっと飲みにくいものかと……」


 もうひとくち飲んでも、敦貴の感想は変わらない。香りはジュースとは違うが、味は本当にジュースのようだ。これがたまたまそういう酒であるということもあるのだろうけど、敦貴には少し意外だった。

 不思議そうな様子の敦貴を見て、龍次もグラスを煽る。


「あぁ、まぁそこは酒にもよるが……初めてなんだから飲みやすいものを持ってくるよ。そうだ、飲んでみたい酒とかあるか?」

「……SNSでよく見る、ストロング――」

「あれはやめろ。初心者が飲むものじゃないし、酔うために飲む酒だ、やめておけ」

「あ、そうなんですか……」


 SNSや動画サイトで見るキャラクターがネタにしていた酒を口にすると、途端に龍次が顔を顰めた。ならばやめておこうと素直に聞くことにする。思えば、SNSでもおかしないじられ方だったことを思い出す。もう少し酒に慣れてからにしておこうと考え直した。


 それから、二人で鍋をつつく。ぐつぐつ煮立たせた中にある肉や野菜を小皿にとって、雑談をしながら口に運ぶ。お互い美味しいと零しながら食べ進める。そんな中、またまた龍次が感慨に浸るように口を開いた。


「しかしほんと、お前が成人とはなあ」

「いつまで言ってるんですか」

「いや、だってあんなに小さかった敦貴が、もう大人だからなあ……」

「貴方、僕の親より感激してましたよね……」


 柔らかく煮た白菜を飲み込んで、ふと思い返す。先月の成人式、敦貴は祖父からの頼みもあって、少し目立つのではと不安になりながらも黒を基調とした袴を着て出席した。

 祖父母は立派になった孫の姿に感動し、普段子供たちにあまり興味が無い両親も、この時ばかりは好意的な反応を見せていた。

 式典終了後、友人達と撮った写真を何となく龍次に送ったら、感動した様子のメッセージが幾つも返ってきて、返信の多さに友人が少し引いていた。

 思えば、彼は幼い頃から気にかけてくれる。年も大きく違うのに、大学生になってもこうして関係が続いている。驚きではあるが、縁が続いているのはとても有難い。

 だが――何故彼はこんなにも自分を気にかけてくれるのだろう。この疑問を四年前にも抱いたなとぼんやりと思いながら肉を食む。

 以前は『言えない』と言われたが、今回はどうなのだろう。言いたくないと言われたのに聞くのは些か問題がありそうだが、気になるものは気になるのだ。

 だから、鍋のシメのうどんを食べ始めた頃、何となく聞いてみた。


「そういえば、龍次さんは、なんで僕のことこんなに気にかけてくれるんですか?」


 直後、うどんをすすっていた龍次がせた。その様子に慌てる敦貴の前で、咳き込んだ龍次はチューハイをこくこくと飲んで深く息を吐く。


「……びっくりした」

「すみません、いきなり」

「いや、いい。……で、なんだっけ、僕がお前を気にかける理由か」

「……そうです。」


 敦貴が徐に肯定すると、龍次は悩ましげに首を傾げて宙を見た。短い沈黙が二人の間を支配したあと、眉間に皺を刻んだ彼は、ぽつりと言う。


「前、僕、言えないって言わなかったか」


 棘のある言い方にちくりと胸が痛くなる。それはそうだ、以前、高校生の頃に聞いた際に彼はそう言った。でも、こちらも理由がわからず終いでそれはそれで気になるのだ。こちらが小学生ならともかく、もう常に保護者に見張られていないと行けない歳でもないのだから。

 つまり、やはりそれなりの理由が知りたいのだと言えば、龍次は困惑した様子で敦貴を見て、目線を泳がせる。そして長い長い沈黙の後どこか嫌そうに聞いた。


「そんなに聞きたいなら言ってやるけど……」

「えっ、ほんとですか」

「……………………どんな、理由でも、引くなよ」

「え、えぇ」


 一体なにを言われるんだろう。そう思いながら頷いた敦貴は、直後意外な理由を打ち明けられた。


「好きだからだよ、お前が」

「へ?」

「だーかーらー、僕は、六つも年下のお前が、好きだって言ってんの。後輩としてじゃなくて、意味で」

「……えっと」


 龍次の言葉に硬直するが、それを聞いた敦貴は、単純に驚き――妙に納得していた。

 その向かいでは、酒のせいか他の理由か顔が赤くなったように見える龍次が、やけになったように喚いていた。

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