小さな種を世界へ
夏木
第1話 種
周りから見れば、僕は平凡でつまらない男だった。
特徴もなく、取り柄もない。
流れに身を任せて過ごしてきた僕は、ずっと非日常な世界をずっと望んでいた。
周りと違う力があれば。
厨二病みたいな願望は、高校生になっても持ち続けた。
そんな願望が叶うことないなんてわかってるけど、ちょっとだけ期待していた。
でも、まさかこうなるなんて思ってもいなかったんだ。
☆
灰色の空。僕が高校を卒業してから数年で世界は朽ちた。
木造の建物は崩れ、コンクリート製のものもまるで何十年も経ったかのようにボロボロになった。
影響は建物だけではない。
あらゆる植物が枯れ、緑が消えた。
世界は一気に灰色に染まった。
原因はわからない。地球温暖化や、工場から出た有害物質のせいとも言われているが、どれが正しいのかはわかっていない。
植物がなくなったことで、年々酸素が減少し、栄養バランスが悪くなった。それに伴い、感染症が広まったので、人口は減少し続けている。
そんな世界で家族を早々に亡くし、細々と生きてきた僕は、ある日突然違和感を感じた。
「体が重い……」
端的に言えば、その言葉が妥当だった。
瓦礫がうまく風よけになった場所で僕は目覚める。
しばらく固い地面の上で寝ていたからかもしれない。体を動かそうにも、とてもダルく感じた。
「おい、しょっ、と……」
どうにか手に力を入れ、体を起こした。
そしてすぐにおかしな減少に気がつく。
「な、に?」
地面につけた手の周りに、草が生えたのだ。
世界が灰色になる前にはよく見かけた緑色。何の草なのか、名前はわからない。だが、久しぶりに見た色が、僕に安心感を与える。
「あんた、なにもんだ……?」
たまたま通りすがった男に見られた。
僕にも何が何だかわからない。
でも、僕の周りにだけ緑がある。誰が見ても、この現象は僕が起こしているのだと思うだろう。
「僕にも、わからないです」
そう言って僕が立ち上がると、今度は足下に草が生える。そしてそれはすぐに育ち、黄色の花を咲かせた。
「はあ!? これは、タンポポじゃねえか! どうなってんだ? 久しぶりに見たぞ?」
僕が歩く度に、コンクリートの地面を突き破って緑が生える。
タンポポ、チューリップ、シロツメグサ……これといって決まった植物ではない。様々な植物が僕が通った道を飾っていく。
「お前……神様かなんかなのか?」
そんな訳あるか。
僕は今まで平凡な生活をしてきたんだ。食料も少なく、生きるか死ぬかの世界で、そろそろ僕が死ぬ番だろうと待っていたのに。
「なぁ! 俺と一緒に世界を変えよう!」
「はぁ……?」
これが僕とレオの出会いだった。
僕の合意を得ることなく、レオは僕を連れ回した。
僕が通った場所には花が咲く。
その花が種を作り、風に乗って種が運ばれ、そこで再び花を咲かす。
そうして世界にほんの少しだけ色が取り戻された。
世界が鮮やかになるにつれて、空にも青が戻ってきた。
ずっと隠れていた太陽が顔を覗かせ、世界を照らす。
平凡だった僕が、非凡な僕になり、世界を変えた。
ずっと僕が望んでいた、特別な力を持った存在になれた。
でもどんな力でも、リスクがないなんてことはなかった。
緑の種を世界に広げるにつれ、僕は日に日に疲れやすくなっていった。
レオもそれに気づき、僕を心配してくれたけど、僕にしかできないことなのだからと歩き続けた。
「おい、もう休もうぜ? 充分よくやったよ」
杖を使っても、数歩歩くだけでも息が切れる。
地面を踏み込む足が、プルプルと震える。
「た、だいじ、ょうぶ……」
声を出すことすらつらい。
この声がレオに聞こえただろうか。
「あ……」
足を一歩出したところで、僕の体は前へと倒れ込んだ。
地面にぶつかることを覚悟し目をつむったが、一向に痛みは来ない。
おそるおそる目を開くと、僕の体を支えるレオの顔が見えた。
「おい! しっかりしろ! んだよ、こんな……」
焦るレオの瞳に僕の姿が反射して映っているのが見えた。だが、その姿はいつもの僕ではない。体から次々と芽が生え、緑に覆われていく。
「う、あ……」
レオが何かを言っている。
でもその声は聞こえない。
僕がレオに声をかけようにも、口が動かない。
レオの頬を涙が濡らす。
どんなに叫んでもレオの声は聞こえない。だけど、なんとなく僕の名前を呼んでいる気がした。
僕の体は緑に覆われ、体の感覚すらなくなった。
レオが下の方で、泣いているのが見える。
――泣かないで。
そう思ったとき、僕から花びらが散った。
それに気づいたレオが顔を上げる。
「桜……」
花びらが落ちた所から、緑が増える。
花びらは風に乗り、世界へ散る。
世界は元の姿を取り戻した。
僕が撒いた種が、世界を変えた。
僕の名前を知るものは一人だけしかいない。
僕の行いを知るものは一人だけしかいない。
それでも僕は、非凡になれたことを後悔していない。
――お前のこと、忘れないよ……
風に乗って、レオの声が聞こえた気がした。
小さな種を世界へ 夏木 @0_AR
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