2章-54話 みつけたもの
「う……」
目を覚ますとそこは薄暗い洞窟の中。
頭を振って立ち上がるシンヤは周囲を確認して、水蛇竜との戦いの最中だったことを思い出す。視線の先ではステラが重くなった翼をたたみ、地に降りて竜の注意を引いている。
「大丈夫シンヤ?!」
「あ、ああ。……どれくらい意識失ってた?」
隣にいたクロエが心配そうな瞳で見上げてくる。彼女を庇って背中に攻撃を受けたはずと気にしてみるが痛みは無い。それどころかシンヤは全身に力が漲るのを感じていた。
おそらく外傷はクロエが治癒してくれたのだろう。
「十秒くらいよ」
「そっか……」
脳裏には先ほど見た過去の記憶が今も残っていた。十秒程度意識を失っていた割には長い夢を見たものだ。
忘れていた理由も思い出せた理由にも納得がいく、シンヤが普通の生活を送れるようにと記憶も一緒に封印してくれ、今はその封印を維持できなくなったのだろう。
アウラはシンヤの中に今もいる。
それは内に渦巻く魔力を感じる事で知ることが出来た。彼女の精神がひどく摩耗して表面に出てこれなくなっているのだろう。
「昔っからおれの中に居て、ずっとおれの事を守ってくれてたんだな……」
胸に手をあててシンヤは表に出てこれないアウラの事を思い言葉をかける。ずっと指輪の力だと思っていた。肉体が崩壊する程の魔力が指輪からシンヤに流されているのだと。
それは違った。
魔力はシンヤの内で内包され、シンヤと共に常にあったのだ。
アウラは自身を邪神の欠片だと言った。
シンヤの中にある力は邪神の力の片鱗。それは人の身にはあまる力。彼女はそれを常に調整してくれていたのだろう。
「ありがとうアウラ……」
ゆっくりと自身の内から漏れ出る力を全身に回す。
この世界に来て少しづつ身体は順応している。後はその量を身体の崩壊が始まる限界ギリギリまで見極める事だけ。
アウラはオンかオフにしか出来ないと言った。
開け閉めしか出来ないと。
だが今まで全開にしていたわけでは無い。
蛇口をひねり出てくる水の調整が難しいように、
本来であれば邪神の魔力は一瞬でシンヤの肉体を爆散させてしまう程のもの、それをアウラが死なない程度にまで調整してくれていたのだろう。
でもシンヤなら……。
「クロエ。あの竜は何で魔法が効かなかったんだ?」
「たぶんこの蒸気が原因よ。竜の体から噴射されている魔力を帯びた水蒸気が、魔法を減退させているの」
広場全体を覆う蒸気。そのせいで魔法が届かないというのであれば大魔法とて効果は薄いだろう。となれば他に攻撃を通す方法を考えなければならない。
「水属性の竜だから雷が効くと思うけど、遠距離だとさっきと同じになると思うわ。直接魔法を打ち込めば効果はあると思うけど、わたしはそこまで身体能力を上げられないから……」
「それなら何とかなるかもしれない」
「えっ?」
「クロエ、おれ達であいつを倒そう」
「何か考えがあるのね……教えて」
クロエに自信に満ちた瞳を向け、考えた作戦を説明する。あの巨体の竜を倒すにはシンヤやステラの武器では致命傷にならない。それどころか鱗を切り裂こうとしても武器が壊れてしまうだろう。
やはり要はクロエの魔法なのだ。
「それって……」
「ステラも限界だろうから行ってくるよ。クロエは雷の大魔法を準備しててくれ」
「一度逃げるって手もあるのよ」
「大丈夫」
心配をするクロエを安心させるように短く力強い言葉を投げ、シンヤは竜を見据える。日本にいた時であれば、あんな化物に向かって行くなど想像も出来なかっただろう。
でも今は違う。内に居るのはあんな化物よりも大きな存在。明るくて心配性で照れ屋なくせに寂しがり屋、シンヤをいつも見てくれていた優しい邪神がついているのだ。
あんな爬虫類に負けてやるものか。
全身に通した魔力の濃度を限界まで引き上げる。身体が壊れる一歩手前、アウラの強化よりか幾分弱めを意識して、
ぐっと踏み込んだ足で地を蹴ると地面が抉れ、全身が前へと押し出される激しい感覚がシンヤを襲う。
竜の元へと二百mはあっただろうか。その距離を数秒で駆け抜け、一気に跳躍する。
本来であればこれだけの速度で行動をしても、思考がついていかずなにもできない。言うなれば新幹線に乗りながら目的の場所に物を投げるようなものだ。
だが、これだけの力を発揮してもシンヤは驚くことも無く、冷静にその力をコントロールする事が出来た。きっと身体能力の向上だけでなく反射神経や見る力も強化の範囲なのだろう。
「っ!? ……シンヤ?!」
竜の攻撃を一人で避け続けていたステラの横を通りすぎ、竜の意識の外から一気に迫り、数十mの高さを飛ぶ。
そしてシンヤは握り締めた拳を、竜の脳天に打ち下ろしたのだった。
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