2章-16話 儀式
地下施設は入り組んだ迷路のように広く、そして枝分かれしているのだが、セラは迷うことなく通路を走る。先を走る彼女の背中を見つめながらシンヤは、シーナの事を考えていた。
今朝、偽りの記憶しかなかったシンヤを、笑顔で送り出してくれた彼女は、帰りを待ち続けるのだろうか。
地上の街に住むほとんどの人間は、記憶をいじられた結界の犠牲者なのだ。
シンヤを本当の夫と信じ、普通の生活をしているだけのシーナを思うと胸が痛む。
「シンヤ大丈夫?」
「……大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてて」
「記憶が戻ったばかりなんだから、調子が悪かったら言ってね」
「ありがと。……でも大丈夫だから」
心配して声をかけてくれるクロエに向け笑顔を造る。
助ける術は無い。
そう言ったセラの言葉が胸に突き刺さり、シンヤの心に暗い影を落としていた。
「いくらなんでも、人がいなさすぎやしないか?」
「……そうですね。ここに捕まってから部屋の移動もしましたが、使用人も含め何人かはいたはずですが」
あまりにも人がいない状況にシンヤは誰にともなく問いかける。それに先を行くセラが立ち止まり答えてくれた。
広い通路を走っているのだが、未だ人の姿を見かけていない。先ほどの部屋もそうだったが、掃除は行き届いている。それを維持するだけでもそれなりの人数が必要なはずなのだ。
「突き当りの広間に行くといい。君達の仲間もそこに集められている」
唐突に声をかけられ、シンヤ達は声のする方へと顔を向ける。
誰もいなかったはずの通路にローブを来た人間が立っていて、シンヤを控室に連れてきた者と同じように、その人間は男なのか女なのかもわからない中性的な声をしていた。
「だれ?」
「急いだほうがいいよ。時間はあまりないようだからね」
クロエの問いに答えず、ローブの人間は淡々と言葉を続けるが、ローブを目深に被っているので、その表情を読み取ることが出来ない。
「何者ですか? 答えなさいっ」
「僕が何者かなどどうでもいいでしょう。ですが、名前くらいは……そうですね。僕の事はファルとでも呼んでください。……君達は仲間を助けたいのでしょう? なら、この先に向かうべきです」
「俺をここに案内した奴だろ? 教主とか呼ばれてる奴の部下なんじゃないかっ。どうせ罠かなんかだろっ」
ファルと名乗るローブ姿の人間が問いかける言葉に、シンヤは声を荒げて質問を返す。顔も性別も、名前すら偽名なのだろう人間の言葉を、簡単に真に受けるつもりは無かった。
「そうなっちゃうか。うん……でもそれならそれで好きにすればいい。ただ、急がないと儀式が始まってしまうよ……」
「儀式? 儀式を受けるおれがここにいるのに、誰が儀式を受けるって言うんだよ……」
「今回の参加者が君だけなんて、そんなわけはないだろう?」
ファルのその言葉で、何かに気づいたようにシンヤは眼を見開く。言われるまで気が付かなかったが、拉致してきた人間に儀式を行うにしても、一人ずつとは限らないのだ。
「……君の仲間があそこに集められているんだよ? そろそろ察してほしいね」
「……っ?!」
「シンヤっ!」
「人質は儀式を受けないと聞いていましたが……確認しましょう」
「そうそう、自分達の眼で確認すれば早い事だよね」
自身の言葉を受け入れられた事に満足したのか、明るい声音で話ながらファルは道を空け、通路の隅に移動する。正面の突き当りには両開きの大きな扉、もし話の内容が真実ならば、あの扉の向こうにリネットや村の皆がいるのだ。
ファルの動きに注意しながらシンヤ達は走り出す。
「久しぶりだね。アウラ……」
『……?!』
「……?! なにを言っ……」
シンヤが横を通り過ぎた瞬間、ファルが小さな声で話しかけてくる。驚いて後ろを振り返るが、そこには誰もおらず。ローブが一枚落ちているだけだった。
「……なあ、アウラ。お前の事知ってるみたい」
『わからぬ……わしにも見当がつかぬ……』
「……シンヤ様、急ぎましょうっ。先ほどの方は?」
「消えたみたいだ。……考えても仕方ないし、扉の先を確認しよう」
アウラにも心当たりは無いようで、その声音にも困惑の色を感じられる。
立ち尽くしているとセラも振り返り、急に姿の無くなったファルに疑問を抱くが、今はそれを考えている時間は無い。急がなければ取り返しがつかないことになってしまうかもしれないのだ。
『あやつの声、どこかで……』
アウラのそんな小さな呟きを聞きながらも、シンヤは先を行く二人を追いかける為に、今は頭の隅に追いやるのだった。
◆ ◆ ◆
両開きの扉には鍵等はついておらず、中からは人の話声が聞こえる。ゆっくりとその扉を開くと、中は扇形の部屋で、突き当りには儀式を行う為の祭壇が見えた。
祭壇迄は下り階段が伸びていて、入り口から見通すことができる。
コンサート会場のようだとシンヤは思う。
まるで観客のように、広間の中にはローブを纏った人間が百人以上は立ち並んでいる。正面の祭壇は広く、見知った顔の人間が等間隔で椅子に座らされていた。
村の人達だ。
ローブ姿の人間達はこちらに気づくことなく祭壇を凝視している為、シンヤ達は急いで室内に入り扉を閉める。こちらから祭壇が見えるということは、向こうからも扉が見えるということなのだが、幸いにも気づかれた様子はない。
「見て……」
かがんだまま移動し、柱の陰に隠れたシンヤに声がかかる。クロエの指し示す檀上に視線を移すと、奥から豪奢な衣装に身を包んだ男が現れた。
「私の愛すべき家族達、今日は喜ばしき日だ。かねてより探してきた聖女様が見つかった。私の再三に渡る説得によって、今日この時より聖女リネット様は聖都の象徴として、力を尽くす事を約束してくれたのだ」
「「「うぉぉぉぉぉっ!」」」
広間を覆うような群衆の声に両耳を抑えながらも視線は檀上から外さない。
壇上で演説を始めた男が教主なのだろう。初老と呼ぶには少し早い程度の年を重ねたその男は、白髪の髪に薄い緑の瞳で会場全体を見据え、言葉を続けている。
「その約束の証拠として、ここにいる彼女の住んでいた村の人間達を、贄とすることも快く了承してくれた」
「嘘よっ!」
「クロエっ!!」
立ち上がり叫ぶクロエの腕を、シンヤは焦るように引く。彼女の声は群衆の声に紛れ気づかれることは無かったが、その表情は怒りと焦りで青ざめていた。
「嘘よ、リネットがそんなこと言うはずない……」
「……わかってる。だけど、今おれ達が見つかるわけにはいかないだろう」
「だって……ううん。ごめんなさい。……大丈夫」
クロエの両肩に手を置き落ち着かせるように優しく声をかける。まだ理由もわかっていないのに、行動を起こすわけにはいかないのだ。
「……さあ、皆に紹介しよう。我々の聖女、リネット様だ」
祭壇の奥に手を向ける。教主が来た場所から、純白のドレスを身に纏ったリネットが歩いてくる。だが、その瞳には生気が無く、まるで張り付けたに笑顔の仮面を被っているようだった。
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