2章-15話 優先順位
気絶したまま椅子に縛り付けられた司教のオーグスと、氷のような笑顔を作っているセラを残し、寝室を出て扉を閉める。
少しするとオーグスの悲鳴がシンヤ達の耳に届く。
「なにをしてるのかしら?」
『情報を引き出しておるのじゃろう。どんな方法かは知らぬがの』
「セラ、大丈夫かしら? 一人の方がやりやすいって言ってたけど、わたしもなにか手伝った方がいいのかな」
「止めといた方が、いいと思うよ……」
なんとなく想像がつくシンヤは、青ざめたり、赤くなったりと、せわしなく表情を変えながら、クロエの提案をやんわりと止める。
下手に手伝おうものなら、クロエのトラウマになってしまうかもしれないと思ったのだ。
「……ずっとアウラの声が届かなかったけど、あの箱に理由があるのか?」
『そうじゃ。お主が気絶した後、この地下施設に連れてこられ、すぐに持ち物を調べられたのじゃ。わしがマジックアイテムだということはすぐに知れての……。あの男が封魔の箱に閉じ込めおったのじゃよ』
シンヤは話を変える為にアウラの入れられていた箱の話をする。
手元には先ほど指輪が納められていた箱が乗っており、開けたり閉めたり観察してみるが、特殊な紋様がある以外は気になるところは無かった。
「ってことは、この箱に入れれば、アウラは何も出来なくなるのか……」
『ぬっ。まさかお主、……いかんぞ。そんなことをしたら絶交じゃからのっ』
「しないって。アウラには助けられてばかりだからな。そんなことしないさ」
箱をくるくると手で回しながらそんなことを言うが、シンヤはこっそりと懐にしまおうとする。
『お主っ、言ってる事とやってる事が矛盾しておる。本当に怒るぞ……』
「ばれたっ! ごめん」
「意地悪しちゃダメだよ」
クロエにまで注意されてしまい、仕方なく箱をテーブルの上に置く、どういうわけかアウラはシンヤが見て動く全ての事を理解しているようなので、こっそり何かをしようとしてもすぐに気づかれてしまう。
「それよりもシンヤ、記憶は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。前の世界の記憶も、この世界に来てからの記憶もしっかり残ってる。ただ、植え付けられた記憶も残ってて、そっちの方は別の人のお話を見たって感じなんだけどね」
その言葉の通り、シンヤの記憶にはテレビで見たような映像が残っているが、先ほどまでの頭痛や不快感は無くなっていた。
「よかった。……シンヤは、兄さん達がどうしてるか知ってる?」
「ああ、昨日の夜会いに来てくれたんだけど……おれは覚えてなくて、逃げたんだ。だけどさっき、クシュナに会って、リュートもノエルもここに来るって言ってた」
「そっか、クシュナも来てるのね。……わたし達も早くここから出なきゃね」
「その為にはあのオーグスってやつから、少しでも情報を引き出さないとな……」
シンヤが答えるのとほぼ同時に寝室の扉が開き、中からセラが何事も無かったかのように出てくる。
「情報は手に入りました」
そう言うとセラは部屋の隅に置いてある洋服ダンスを開けると、中から服を取り出す。それは、クロエ達の元々来ていた服のようだった。
「あの男、私達の服をしっかりしまっていてくれたようです。そこだけは助かりました……どうぞクロエ様」
「……セラっ!?」
「……っ?!」
クロエに服を手渡そとするセラだったが、それを渡す瞬間、彼女の胸に巻いてあるだけの布の結び目が解けた。
ちょうど目の前で解けた布がはらりと落ちる。隠すべき所にあるはずのヴェールがゆっくりと落下し、本来ならば両の手が最後の砦なのだろう。しかし、それもクロエに服を渡している最中で塞がっているのだ。
「シンヤダメぇぇっ!」
「……だぉぅっ!!」
彫像のように固まってしまい、視線も逸らせずにクロエの物よりも一回り大きい双丘を凝視していると、隣にいるクロエが瞬時にその腕を振るい、シンヤの頬を平手打ちした。
「クロエ様、不可抗力なので、私は気にしないのですが……」
「ダメなのっ! セラも気を付けてっ」
地面に突っ伏したシンヤに、そんな声が降ってくる。興奮するよりも先に張り倒され、頬に広がる痛みだけが、放置されるシンヤを慰めてくれていた。
「……シンヤごめんね。強く叩きすぎちゃったみたい」
「いや、すぐに目を逸らさなかったおれが悪いから……」
シンヤから見えない死角で着替えを済ませた二人は、倒れたままのシンヤを起こし、クロエが少し腫れた頬に触れてくる。先ほどといい、今といい、刺激の強すぎる状況が続き心臓が暴れまわっているが、シンヤは出来うる限り平静に答えるのだった。
「さっきの男は……」
「……安心してください殺してはいませんよ」
「……そう、なんですね」
シンヤは頬を抑えながら椅子に座るとセラに話しかける。
先程のオーグスと言う男は、クロエにそして今までにもたくさんの人達を苦しめてきた人間なのだろう。
それでも、無抵抗の人間を殺す事には抵抗があったシンヤは、不安な心を隠すように問いかけたのだが、セラの答えを聞きほっと息を吐き出す。
未だ人に手をかけた事の無いシンヤは、人を殺すという覚悟が仕切れていないのだ。
「ただ、生きていきたいと思うかは別ですね。もう男としては死んだようなものです……」
「それは、どういう……」
「ふふっ……」
シンヤは最後まで言葉を出す事が出来ない。
冷たい笑みを浮かべたセラが手でチョキの形を作ると、ハサミを閉じるような動きをしたからだ。その光景を想像し、彼女だけは怒らすまいと心に誓うのだった。
「……あとはあの牢に閉じ込めてきましたから、この後誰かが来れば命は助かると思います」
「よくわからないけど、わかったわ。殺さないで済むならそっちの方がいいものね……。それで、リネットや他の村人達の居場所はわかったの?」
セラの手の意味を理解できないクロエだったが、無暗に人を殺したくはないと話すその顔はどこか安堵の表情をしていた。
もっと悲惨な状態になっているのかもしれないのだが……。
「はい。……ただ、簡単にはいかないかもしれません」
「どうして?」
「まず。この聖都における結界が特殊なんです。これだけの規模の結界を維持するのに魔石は使わず、街に住んでいる人間から魔力、と言うよりも魂を吸い上げているのです」
それは昨夜聞いた話と先ほど見た死体の山で理解出来た。あそこで死んでいた人達は皆この聖都に住んでいた人達なのだろう。
「魂を魔力に変えて結界に吸わせるには儀式が必要になり、儀式を行うと肉体と魂が剥がされてしまい……早い者だと数ヶ月ほどで魂が無くなり、命を落とすのです」
「っ!? じゃ、じゃあ。儀式が終わった者は……」
「いずれ、魂が無くなり、死に至ります」
「……っ!!」
衝撃が身を包む。シンヤの脳裏に植え付けられた記憶だとしても、昨日会った出来事や住んでいる人間は今も生きているのだ。
良くしてくれた近所の夫婦は? 子供達は? シーナは? 偽りの夫婦だったとはいえ彼女は記憶を共有した相手だ。シンヤの胸中には彼等を案じて不安が募る。
「その儀式を取り消す事は出来ないんですか?」
「出来ません。一度魂を剥がせば、それを戻す方法は無いでしょう」
「そう、なんですか……」
一抹の希望を問いかけるシンヤの言葉は、セラによってすぐに崩れ去ってしまう。
「ですからシンヤ様が儀式を受ける前で本当に良かった。人質にされた皆もリネット様を操るのに必要ですから、儀式は受けていないそうです」
「良かったっ。皆無事なのね……シンヤ?」
暗い表情のシンヤとは裏腹に、村の人間が無事だと知って喜ぶクロエだったが、浮かない顔に気づいたのか声をかけてくる。
「……大丈夫だよ。今は、リネット達を助ける事だけを考えよう」
「本当に大丈夫? もし何かあったら言ってね」
「ありがとうクロエ」
「……村の皆の居場所を聞き出しています。まずはそこに移動しましょう」
優先順位を間違えない。
今は、ここから皆を無事に助け出す事を優先すべきなのだ。
そう自身に言い聞かせ、シンヤは部屋の外へ出ると、セラの案内で地下施設を走り出すのだった。
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