1章-41話 必死の想い


 シンヤのいるところまで歩くリュートは、その足元に転がるクラプスを覗き見る。


 生きてはいるのだろうが、クラプスに意識はなく確実に気絶しているようだった。


「……お前」


 次いで信じられないような動きでクラプスを殴り倒したシンヤを見て、リュートは唖然とした表情で呟く。


 リュートはシンヤと出会ってからの短い間に、手合わせもしたことがある。今のような力を出せる男ではないと思っていたのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……。やった……」


 リュートの声が聞こえていないのか、倒れ伏すクラプスを見つめたままのシンヤだったが、すでに足が、そして腕が悲鳴を上げている。魔力で爆発的な力を込められたシンヤの手足は、ぶちぶちと嫌な音を立てていた。


「くうぅっ……」


 ほんの十数秒魔力を流しただけなのに腕が震え、足に力も入らない。皮膚が裂けたのか服に血が滲み始めていたが、痛みはさほど感じていなかった。


 シンヤの限界を感じ取ったのか、アウラは魔力の制御を中断してくれていて、先ほどまでの魔力の奔流が今は感じられなくなっていた。


「シンヤっ。大丈夫?」


「ははっ。いっつっ……ちょっと身体に無理させちゃったみたい。でも大丈夫。筋肉を傷めつけただけらしいから、死んだりはしないよ」


 じくじくとした痛みを感じて膝から崩れ、座り込むシンヤに、クロエはおぼつかない足取りでゆっくりと近づき、心配そうにその肩に手を添える。


 クロエを心配させまいと、強がるシンヤだったが、まだゆっくり話している時間は無い。


『早うせいっ。首を断ち切るのじゃ』


「リュート。その魔族の首を切り落としてくれっ」


「わかっている」


 シンヤはアウラの焦るような叫びに反応して、リュートに向け声を上げた。


 左腕は服が破れ、肩から青く変色し、動かすことが出来ないようなリュートだったが、シンヤの言葉を待たずに、自分の愛剣を奪い取る。


 動く右手に剣を握り、高く掲げて力を籠める。


 魔力を込めた剣は周囲の精霊の力を借り受け、その力を示すかのように剣身を翡翠色に輝かせた。


「つぁぁぁぁぁっ!」


 リュートが声を上げ剣を振り下ろす。


 寸分の狂いもなく吸い込まれる刃はクラプスの首を断ち切る。切り取られた身体からは、大量の血液が溢れ出し地面を汚していく。


 さすがに限界だったのか、リュートは血で汚れる大地に膝をつけ息を切らせていた。


「よかった……終わった……よな」


『さすがに首を切られて生きてはおれまい』


「だよな……」


 首だけになったクラプスの顔を見据え。動き出すのではないのか不安になるシンヤだったが、アウラの言葉でそれを頭から追い出す。


「くっ、うううううぅ……っ」


 安心したのか、徐々にひどくなる痛みに我慢が利かなくなってきている。シンヤの両手足は肉離れを起こし、皮膚も所々裂けていて、興奮状態が収まってくれば痛みが襲い掛かってくるのも当然だ。


「少しじっとしてて……」


 隣にいたクロエに肩を抑えられ、シンヤは大人しく座りなおすと、彼女は手をかざす。


「残りの魔力で少し癒すわ。出血と痛みくらいは抑えられるから……」


 優しい光に包まれ手足の出血が止まり、痛みが引いていく。


「……何で戻ってきたの?」


「なんでって、言ってくれたろ? 一人じゃないって。……だからここがおれの戻る場所なんだ」


「シンヤ、ありがとう。……そしておかえり」


「ただいま」


 二人に助けてもらったから生きている。


 だから、二人を助けたかった。シンヤにとっては戻る理由はそれだけだったのだろう。


「なんて、アウラが助けてくれなかったら、なにもできずに死んでたかもだけどね」


「ありがとうアウラ、あとでどうやったか教えてね。絶対普通の強化魔法じゃないでしょ」


『あとでの……』


「わかったってさ」


 実際無策で戻るつもりのシンヤに秘策を授けてくれたのはアウラだ。礼を言われたアウラは気恥ずかしそうに短く呟く。


「よろしい。……兄さんも治療するからこっちに来てて」


「おれは大丈夫だ」


「そんなわけないでしょっ? シンヤよりも重症なんだからねっ」


 リュートの怪我はシンヤ以上にひどい、頭部からの流血に左腕、仏頂面をしていてわかりずらいが、かなり痛いはずだ。


「いいから治してやれ。今回生き延びれたのはそいつの功績だ。……俺はお前の魔力が回復してからでいい」


「良いわけないでしょっ! 血をしっかり止めるまでは頑張るからこっちに来てっ」


 リュートの言葉にシンヤは目を丸くする。


 褒められたのは初めてではなかろうか。アウラに助けられたとはいえ、自身の力で助ける事が出来たと、言い合いをする二人をシンヤは誇らしげな気持ちで見つめていた。


「くそがっ、くそ、くっそ。俺様が蟻ごときに……。くっそがぁっ!」


 不意に耳を打つ攻撃的な言葉。振り返ると首だけのクラプスが吠えている。


「てめぇらっ、ぶっ殺すっ。絶対にぶっ殺すからそこをうごくんじゃねえっ」


「なんで……」


『なんで生きておるのじゃっ。たとえ欠片があったとしても首を切られて死なぬなぞありえぬっ』


 驚愕の言葉はシンヤとアウラが同時に発した。


 頭のない身体が立ち上がり、喚くクラプスの頭を持ち上げ、自身にのせると見る間に傷口が繋がる。


「あぁ~っ。死ぬかと思ったぜぇ。……やってくれたな畜生がぁっ」


「……っ!」


 空気を振るわせる怒声に身がすくむ。すでに傷口の見えなくなったクラプスが首を鳴らしながら、シンヤを憤怒の目で見据えているのだ。


「てめぇだくそ蟻っ。先に殺してやるっ」 


「ダメぇっ……!」


 クラプスを見ていた視界が、シンヤの意思を無視して切り替わる。肩を押される衝撃の後、地面が目に映り、そこにクロエが倒れこんできた。




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