1章-40話 魔族襲来 後編


 キロロの手綱を引きながら、シンヤは慣れない城内を裏口が無いか探し走っていた。


 クロエに逃げろと言われ、自分にやれることは無いのだと、城内に逃げたキロロを探し、見つけたまでは良かった。だが、このまま城の中にいたのでは、それこそ袋のネズミだ。


 ここまで広い城なのだ、裏口の一つもあるだろうと、走り回っているのだが見つからない。


 大丈夫。クロエもリュートも強い。


 あの魔族を倒したあと、外で合流出来るはずだ。


 そう自分に言い聞かせ走り続けるが、不安が次々と湧き出しシンヤの心を乱す。


「なあアウラ? 大丈夫だよなっ。あんな気持ち悪い奴に二人が殺されたりしないよな」


『……』


「なんとか言えよっ」


『あやつは普通の魔族ではない。あの二人がどれほどの強さかは知らぬが……たぶん……』


 無言で走るのに耐えきれなくなったシンヤは、指輪に話しかける。昨日までと違う反応、声を荒げるシンヤに、アウラは真面目な声音で答えた。


「たぶん、なんだよっ」


『……死ぬじゃろう』


 死ぬっ?


 その言葉に足を止め、シンヤは握りしめたままだった指輪を凝視して立ち尽くす。


「死ぬって、お前何言ってんだよ。クロエもリュートもすっごい強い。一発で魔物も吹っ飛ばしたりするんだ。それなのに死ぬとか……ありえないだろ」


『……それでも死ぬじゃろうな。あやつの持つ力は魔族のそれではない』


 シンヤは想像が出来なかった。


 巨大な魔物を切り刻んだり、爆破出来る人間をどうやって正面から殺せるのだろう。先ほどから聞こえる破壊音も、リュートやクロエが魔族を攻撃している音なのだと、そう思いたかった。


「おれは魔族自体見たことないんだよっ」


『普通の魔族は手練れの人間が複数で相手をすれば、勝つこともできるじゃろう。じゃが……あやつには欠片が宿っておる』


 魔族を知らない、想像が出来ない。だから大丈夫では説得力がない。しかし、シンヤは少ない情報の中で、あの二人が魔族を相手に戦えるのだということは想像がつく。だが、アウラは他の要素があるのだと言う。


「欠片? 欠片ってなんだよ」


『神の欠片じゃ。今は邪神と呼ばれておる堕ちた神の、魂の欠片……』


「邪神って。邪神は何千年も前に滅んだんじゃないのか?」


 シンヤは記憶を辿り、クロエに聞いた邪神についての石板を思い出した。クロエはその時に、邪神はいないと言っていたはずだ。


『邪神は消滅出来ぬ。だからこそ他の神々は魂を破壊し、封じ込めるにすませたのじゃ』


『じゃあ、その魂の欠片っていうのが宿るとどうなるんだよ』


『身体の相性もあるじゃろうが、爆発的に強化される。身体も、皮膚も、魔力さえも……じゃからあの二人では勝てぬじゃろう』


 戻らなきゃ……。


 その場でキロロの手綱を手放すと、踵を返し来た道を走り出す。先ほどまでの不安がシンヤの中で現実味を帯びてくる。


 手足の先から血の気が引き、痺れるような感覚。心臓の音が早鐘のように鳴り響く。


『おいっ。シンヤ、何をしておるっ』


「駄目なんだよっ。死なせたくないんだ」


『お主に何が出来るっ。力も能力も役に立てることはなにもないのじゃぞっ』


 アウラに言われた通り、シンヤが戻ったところで死ぬだけかもしれない。それどころか足枷になり、二人を殺すのかも……。


「それでも、おれを逃がしてあいつらが死ぬのは駄目だっ」


『お主が死ぬぞっ』


 『死』、この世界に来てから何度も味わった壮絶な恐怖。


 死にたくはない。


 だが。


「それでもだよ。死にたくないけど、死なせたくもないんだ」


 誰もいない通路で一人苦笑いする。自分でもわかっている。


 邪魔になるかもしれないと、それでも一人だけ逃げるのは嫌だった。


『……走りながらでいいから聞くのじゃ』


「なんだよ?」


 シンヤの決意にアウラはおもむろに言葉を紡ぐ。


『お主、魔法が使えんじゃろ?』


「ああ、なんか魔力が外に出せないのと、自分で上手く循環できないからだって」


 唐突なアウラの問いにシンヤはここ一ヵ月を思い起こした。

 

 魔法を使えるのではと最初は希望をもったが、クロエに教えてもらっても一向に上達しない。魔力の流れを感じることが出来ても、それを体内で力に変換することが出来なかったのだ。


『指輪を嵌めるのじゃ。わしがサポートする』


「えっ、サポートって言ったってどうするんだよ」


『お主の魔力を外に出せない理由は別にある。じゃが、身体強化なら……わしが魔力の流れを管理し、増幅することが出来るはずじゃ』


「ありがとう」


 普段であれば躊躇するような提案を、シンヤはすぐに呑み、掌にある翡翠色の指輪を躊躇わず指に嵌める。それはシンヤの指には少し大きかったが、嵌めてみると右手の人差し指に合うように収縮した。


『お主は……。悪意があるとは思わなんだか?』


「ん? なんでさ。今更おれに悪さしてもしょうがないだろ?」


『……そうじゃったな。お主はそういう男じゃった』


 驚いたようなアウラの問いに、シンヤはおかしなことを聞く、と首を傾げる。その言葉を聞き、呆れたようにアウラは小さく囁くのだった。


「なんだって?」


『いや、なんでもないのじゃ。……よいか? わしがサポートするとお主の肉体は、魔力の負荷に耐えられないじゃろう』


「嵌めてから言うなよ。それで、どうなるんだよ」


『そうは言っても死ぬわけではない。ちょっと筋繊維が千切れたり、皮膚が裂けたり、骨が軋むだけじゃ。折れたり再起不能にはならんはずじゃから安心せい』


「それってかなり痛い奴じゃないかっ、もう少し弱めにとか出来ないのか?」


『無理じゃな。オンかオフしか出来ぬ。じゃから長時間は物理的に無理じゃ。ここぞという時に使うんじゃぞ』


 もうすぐエントランスというところで、ひと際大きい爆発音がシンヤの耳に響き、地面の揺れで態勢を崩す。


 よろめきながら開け放してある扉から外を窺うと、城門前の庭に大きな穴がいくつも開いていて、視界に入った魔族の進む先には、倒れ伏すクロエと、彼女を守るかのように立つ満身創痍のリュートがいた。


「なんで……っ」


 目に映る状況が飲み込めない。リュートもクロエも強い、きっと先ほどのシンヤの不安など払拭してくれるものだと、そう思っていた。


 だが、眼前の光景はシンヤに残った甘い考えを、全て押し流してしまった。


 血の気が引き頭が真っ白になる。


『待つのじゃっ、シンヤっ!』


「うわぁぁぁああぁぁぁあぁぁっ」


 アウラの言葉も聞かず、シンヤは雄叫びを上げてクラプスに突っ込む。


 当然のようにクラプスは城の入り口から走ってくるシンヤに気が付き、嘲笑を顔に張り付けて腕を振る。


「ハハッ! 馬鹿がいやがるっ。戻って来やがったっ」


 クラプスの腕から生じた風圧は、正面から来るシンヤを巻き上げ吹き飛ばす。


「なんだぁ。戻ってきたからなんかあるかと思えば、ただの蟻じゃねぇか。馬鹿が、面倒だからそこに転がってろ。後で潰してやるからよ」


「がっ……っ」


 数メートル打ち上げられたシンヤは地面に落ちる。なんとか身体を動かし受け身を取るが、その衝撃を殺しきれず息が詰まり、痛みと息苦しさを感じながら地面を転がった。


「シンヤぁっっ! 逃げてぇっ!」


 クロエの叫びを聞き、なんとか痛みをごまかして立ち上がると、クラプスはシンヤの方を見向きもせず二人の方に向かう。そんな状況でもクロエはシンヤを気にかけて声を上げた。


『馬鹿かお主は、いきなり飛び込むなぞ死にたいのかっ? 一撃で殺されなくてよかったのう。……それにしても、予想よりあの魔族の力が強い。逃げる事を進めるが?』


「ふざけるなっ。二人を置いて逃げれるかっ」


『なら頭を狙え、あやつは再生するようじゃからの。お主の技量では首を刎ねるのは無理じゃろ? じゃから頭を殴れ。一撃で昏倒させれれば、後はあの兄妹がなんとかしてくれるじゃろう』


「わかった」


『行くぞっ。時間は持って数十秒じゃ』


 アウラの言葉の後、シンヤの身体に違和感が起きる。


 心臓の、いや、魂の中心から溢れるような魔力。


 訓練中に感じた自身の物よりも強大な渦が全身を駆け巡り、まるでマグマの中に入れられたような熱さを感じた。


 足元に落ちていたリュートの剣を拾い上げ、両手に握るとクラプスに向かい駆ける。大地を蹴り上げると自身が体験したことのない速度が出て、クラプスとの間合いが詰まる。


 シンヤは剣を振り上げ、慣れない力で震える身体を気合で抑えつけると、ぶれないよう剣を振り下ろす。


「なっ……!」


「うあああぁぁぁっ!」


 驚愕の表情のクラプスの顔面を、シンヤは裂帛の気合を込めて、刃ではなく剣の腹で殴る。鈍い音と共に両手に重みがかかるが、渾身の力で振り抜いた。


「があぁっっっ……!」


 打ち下ろすように振るわれた剣で、クラプスは頭から地面に叩きつけられる。


 シンヤの一撃はクラプスの脳を揺らし意識を刈り取るのだった。



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