1章-24話 言葉の重み



「まだっっ!」


「きゃっ」


 シンヤが飛び起きると横から小さな悲鳴が聞こえた。


 辺りを見回すと少し慣れ始めた自室で、窓際には金髪の少女がしゃがみこんで震えている。シンヤはしばらくの間意識を失っていたようだが、外はまだ明るくそこまでの時間はたっていないようだった。


「あの‥‥‥」


「‥‥‥っ!!」


 声を掛けると驚いた反応をするが、応答はない。よく見るとシンヤには金髪の少女に見覚えがあった。



 シンヤの感覚では昨日、屋敷を出る際に出会ってすぐ逃げられてしまった少女だ。


 しばらく待ってみるが少女は震えるばかりでこちらを見ようともしない。シンヤはベッドからゆっくりと降りると彼女の元まで歩いていき、その隣にしゃがんだ。


「リネットちゃん‥‥‥だよね。びっくりさせちゃったみたいでごめんね。前に挨拶したけどおれはシンヤっていうんだ」


 近づいてきたのが分ったのか、全身に力を入れている。そんな彼女にシンヤは出来るだけ優しい声音で話かけた。


「‥‥‥大丈夫、ですの。‥‥‥知ってますわ」


 リネットは顔にかかる綺麗な金の髪をかき上げ、シンヤと目を合わせないようにしながら答える。


「クロエお姉さま……から、聞いてますわ。それに……最近、二回も怪我した人……」


「まぁ、そうなんだけど‥‥‥。それよりもごめんね、治してもらってお礼もしなくて」


 彼女の言葉でシンヤは、怪我が無くなっていることに気が付いた。練兵場でかなりひどい怪我を負ったはずなのに痛みもない。


 意識を失っている間にまたリネットに治してもらったと気づき、シンヤは申し訳ない気持ちになる。それと同時に、怪我をしてもすぐに治ってしまう事が立て続けに起こり、傷を負う事への抵抗が薄れている事に戸惑いを感じていた。


「クロエお姉さまが悲しまれるから、仕方なく‥‥‥ですわ」


「それでもありがとう。あの時リネットちゃんに治してもらえなかったら死んでいたから。‥‥‥それにしてもすごいね。この右腕も前と同じで違和感もないよ」


「ちゃん付けはやめて‥‥‥ほしいですの。私も15になりますので、リネットで、いい‥‥‥ですわ」


 シンヤはリネットが12歳くらいなのだと思っていたので、15歳と聞いて驚くが、失礼にならないよう表情には出さないようにする。


「わかった。じゃあおれのこともシンヤでいいよ」


「で、では、シンヤさん‥‥‥と呼びますわ」


「うん、それでいいよ。よろしく、リネット」


「はい‥‥‥。よ、よろしくお願い致します」


「とりあえずここにしゃがみこんで話するのも疲れるし、‥‥‥座ろう」


 少しは慣れたのだろうか。


 たどたどしい話方ではあったがなんとか会話が成立するようになり、リネットを椅子に座るよう促すと、シンヤはベッドに腰かけた。


「そういえばおれ、練兵場にいたはずなんだけど、どうやってここに来たかわかる?」


「セラさんとロ二キスさまが‥‥‥運んで来て、治してやってと言って帰られましたわ」


「まじかぁ、やっぱりダメだったかな」


 シンヤは気絶させられる直前の事をうっすらとは覚えているのだが、最後にロ二キスが何と言ったのか曖昧だったのだ。


「リネット、ロ二キスさんは何か言ってなかった?」


「あっ‥‥‥。明日から、食事をすませたら練兵場へ来るようにと、仰っていましたわ」


「‥‥‥よしっ!」


 どうやら少しは認められたようだと喜ぶが、内心はなぜ鍛えてくれる気になったのかさっぱりわからない。あの時は、ただただ殴られていただけなはずなのに。


「なぜシンヤ‥‥‥さんは、わざわざ怪我をするようなことをしようとしているんですの? 痛みが怖くは、ないのでしょうか?」


「怖いよ。すごく怖い‥‥‥。痛いのもつらいのも、本当なら嫌だし、やりたくないんだ。……けど、もしまた魔物に会うような場面になった時に、何もできずに殺されるのは嫌だし、弱いおれを守って誰かが死ぬかもしれない。だから今は、少しでも強くなりたいんだ」

 

 リネットの質問に、シンヤは自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す。


「そうなの‥‥‥ですか‥‥‥」 


「どうかしたの?」 


「いえ、なんでもないですわ。ただ、無理はしないでください。死んでしまったら私でも治せないですので‥‥‥」 


 話を聞いて俯いてしまったリネットに声を掛けると、先ほどまでは目も合わせてくれなかった彼女が、その翡翠色をした大きな瞳でシンヤの眼を見据え、真剣な面持ちで答えた。


 その言葉には重みがあった。


 余りにも多くの死を見てきたからこその重み。万能の治癒力をもってしても死者は蘇らない。この世界では死ねば皆屍人になってしまう。


「わかった。肝に銘じておくよ」


「失礼致しました。シンヤさんが死んでしまったら、クロエお姉さまが悲しみますので‥‥‥」


 あまりに真剣な表情に、シンヤは唾を飲み込み、リネットの言葉を真摯に受け止めて答える。たとえクロエの為と言っていても、自分を心配してくれる言葉に嘘はないのだろう。シンヤはその心が嬉しかった。


「ありがとうリネット。でも大丈夫、クロエを悲しませたりしないよ」


「約束‥‥‥ですの。‥‥‥もし破ったら、次は治して差し上げないですわ」  


 そう言いながらリネットはクスッと笑顔を見せてくれた。

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