1章-22話 覚悟 前編
「おれに戦い方を教えてくださいっ」
周囲を塀に囲まれた練兵場で、シンヤは地に頭を擦りつけていた。目の前には、広間での話し合いの時にいた狼の獣人ロニキス。その他にも訓練をしている数十人の人達がいた。
腕を組んでシンヤの前で仁王立ちしているロニキスは、地面に頭をつけているシンヤを険しい表情で睨んでいる。
「お前、何言ってんのかわかってんのか? 俺はお前を信用してねえって言ったよな、なぁっ。それにな、ずっとこんなとこにいられちゃあ、邪魔なんだよっ」
練兵場の入口で、もう一時間以上この場にいるのだ。ロニキスは話を聞く気など一切なかったのだが、近くを通る度に頭を下げられ、仕方なく話だけは聞こうと根負けした形だ。
「それでもここで強くなろうと思ったら、貴方にと聞いたので」
「だれだよっ、んなこと言った奴は……」
「セラさんです。村の戦士を育てているのは貴方だからって」
「はあっ?! あいつ、また面倒な事を押しつけやがって。‥‥‥だからつって、俺がっ、お前にっ、なんで教えてやらなきゃならねえんだよっ。だいたいお前、そんな貧弱な身体して、武器の一つでも扱ったことあんのか?」
朝方食事を終えたシンヤは、クロエの誘いを丁重に断り、その後で相談したセラに彼に頼めば良いと言われてきたのだが、ロニキスの大声に早くも少し後悔をしていた。
「‥‥‥ありません」
「お前、ほんとお前なぁ、武器も使えねぇ、鍛えてるわけでもねぇ。そんなんで俺にどうしろってんだよっ」
ロニキスは犬歯を剥き出し声を荒げる。
浅はかかもしれないが、シンヤはただ守られるだけの人生になるのが嫌だったのだ。
現状シンヤは村人達と変わりない‥‥‥。いや、この過酷な世界を生き抜いてきた村人達より確実に弱い。それこそ子供レベルなのだろう。
「‥‥‥生き残るために。やれることをやりたいんです」
「この村の中にいりゃあ、別に強くならなくても生きていけるんだぜ? オルステインのおっさんもそれで良いつってたろう」
「それでも‥‥‥、なにかあった時に、誰かに助けられないと生きられないのも、そのせいで誰かが死ぬのも嫌なんです」
二度。
正確には三度、この世界に来てから三度シンヤは命を落としかけている。
血蜘蛛に屍人にリザード、どの場面でもクロエ達がいなければ、逃げ延びることすら出来はしなかった。シンヤがリュートのような強さを、クロエのような魔法を望む事が難しいのは分かっている。ただ生き残ることが出来るようになりたいのだ。
「‥‥‥じゃあよ。その覚悟、ってやつ、俺にみせてくれや」
地に頭をつけたままのシンヤの耳に何かが落ちた音が届く、顔を上げてみると目の前に木剣が転がっていた。
「拾え」
ロニキスに言われた通りに立ち上がり木剣を手に取る。
「お前らぁっ。少し休憩にすっから、真ん中あけてくれっ! ‥‥‥ほら行くぞ」
耳に響く大声を聞き、訓練をしていた人達が隅の方に移動していく。
練兵場の中央まで来るとロ二キスは手に持った木剣を肩に担ぎ、シンヤから数メートル離れた所で向き直る。
「いつでもいいぜ。かかってこい」
昔持ったことのある木刀と比べ、少し重い木剣を両手で握り締め、狼の顔をした男を正面に見据えた。
いくら木で出来ているとはいえ、今手に持っている木剣は場合によっては人を殺すことの出来る物だ。それを人に叩きつける事に対する忌避感で、シンヤは行動に移すことが出来ない。
「おいおいおい、何やってんだよ。日が暮れっちまうぞ」
いつまで経っても向かってこないシンヤに、欠伸交じりに声を掛ける。
「しょうがねぇなあ」
そういうとロニキスは目で追えぬ速さで距離を詰めると、木剣をシンヤの左脇腹に叩きつけた。
「ぐぶぁっっ」
振り抜かれた木剣で、シンヤは身体を吹き飛ばされ地面を転がった。胃の中身が全て出てしまうのではないかという衝撃と痛みに、その場でのたうち回る。
「げふっ‥‥‥けほっ」
「この間森でガキ共助けたって聞いてたから、もうちょい根性あるかと思ったんだがなぁ‥‥‥もうしめぇにするか?」
咳き込み地面に
「‥‥‥だい、じょうぶ、です。もう一回」
無理矢理立ち上がり木剣を構えるが、シンヤの脇腹は激しい痛みを訴えていた。
「そら、打ち込んでこいよっ」
「うわあぁぁぁぁっ!」
先ほどまでの忌避感を、痛みと安い挑発で振り払い、シンヤは悲鳴とも叫びともとれるような声を上げて、上段に構えた木剣を振り下ろした。
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