1章-15話 死の恐怖
魔物や屍人は入ってくることができないはず、結界の端はまだ先にあり、シンヤ達のいる場所まで悪意が入ってくることは出来ない、そう思っていた。
だが、シンヤ達の心を裏切り、視線の先にいる異形の生き物は、あざ笑うかのようにこちらを見つめている。
その化物はトカゲのような姿をしていた。昨日の血蜘蛛ほどでは無いものの、四足歩行する身体は軽自動車並みに大きい。
シンヤ程度であれば一飲みに出来そうな大きな口、頭には触手らしきものが何本も生えていて、重力に逆らいゆらゆらと逆立ってる。
魔物とは100メートル以上離れているが、四足歩行の生物は、シンヤの知っている限り足が速い。村まではかなり距離がある上に、ここは森の中、逃げても追いつかれてしまうだろう。
「おいおいおいっ、結界の中は安全じゃなかったのかよっ」
そう吐き出すシンヤの背筋に冷たい汗がつたう。
「っま、魔物……」
「なんで、結界は?」
静寂の森の中、テクタとノイの呟きが、巨木の根の上で子供達を見下ろすシンヤに届いてくる。
こちらを警戒しているのか、単に様子を見ているだけなのか、魔物はじっと動かずにシンヤ達を視線に収めたままだ。
「……てくたにいちゃん、こわいよ」
今にも泣きそうな顔でソフィーは静かにテクタの手を握り、震える声で呟く。
自身も恐ろしさに震えていたシンヤだったが、ソフィーの姿を見て、意を決すると、ゆっくり根の上から子供達の方へ移動する。
「テクタ聞いてくれ、今からおれが村とは反対方向にあいつを引き付ける。お前は二人を連れて村に行って、戦えるやつを呼んできてほしい」
なんとか子供達のところに着いたシンヤはテクタに小さく声をかける。
「シンヤ、あいつ倒せるのか?」
「ばか言うなっ、あんなの相手にできるわけないだろう。おれは弱いんだ」
「じゃあみんなで逃げれば」
「捕まるかもしれないだろう。大丈夫、逃げ足だけには自信がある」
いつ魔物が動き出すかわからない状況で、子供達に自身の緊張が伝わらないようにシンヤは明るく話をする。
そして、化物から視線を外さないようにゆっくりとしゃがみ、手のひらサイズの石を手に取った。
「でも……」
「いいから任せろ。あいつがおれを追いかけてきたら村に走れっ。いいな」
まだ何か言いたげなテクタを遮ってシンヤは話を切ると魔物に向かって走り出す。
獲物だと認識したのか、魔物も辺りに響く声を上げ、シンヤに向かって動き出した。
魔物が動き出すのを確認し、シンヤは先ほど手にした石を思い切り投げつけ、すぐに走る方向を右に変え全力で駆ける。
顔面に石をぶつけられた魔物はシンヤを最初の標的に定めたのか、しっかりと後を追いかけてきた。
「いいぞっ、こっちに来いっ……。いまだっ、走れっ!」
魔物が付いて来たのを確認し、シンヤは子供達に叫ぶ。
「いくぞ、ノイ、ソフィーは俺が抱えて走る。……シンヤっ、すぐに誰か連れてくるからなっ」
「わかった」
子供達の声が遠ざかり、それでもシンヤを追いかけて来ていることに安堵するが、魔物の足は予想よりも早い。
このままではすぐに追いつかれてしまうと、自分だけ通れそうな木々の間を全力で走る。
「やばいやばいっ、なにやってんのおれっ、死にたいのっ?」
子供達を逃がす為にしたことを後悔しているわけではない。子供達を助けようと思った心に偽りはないのだから。
死ぬと思いたくないが、木々をへし折りながら近づいてくる魔物を見て、逃げ延びる未来を想像できない。
早く誰かが助けに来てくれることを祈りながら、走る。
「止まるな、足を動かせ、早く、一秒でも長く逃げれば助かる」
昨日の様にリュートが、クロエが助けてくれて、大したことなかったと笑えるはずだと。しかし、このまま逃げ続ければと思っていた矢先、走っていた足が空を切る。
「……っ!?」
わけもわからず宙づりになるシンヤ、足を何かに掴まれた感触に自身の足を見ると、ぬめりとした、たこの足のような触手が絡みついていた。
魔物の頭から伸びたそれにシンヤは勢いよく放り投げられ、木の幹に叩きつけられた。
「…がぁっっ!!」
肺の酸素が自分の意志と関係なく外に絞り出され、あまりの苦しさに飛びそうになる意識が、地面に落ちた衝撃で戻ってくる。
痛いっ、苦しいっ、息が吸えない。
何とか立ち上がるが、思考の大半を痛みと酸欠の苦しみに支配され身体が動かない。このまま何もしなければ、あの大きな口で齧り殺されるだろう。
落ち着けっ、呼吸をしろっ。
死にたくない、また死ぬのは嫌だ、考えろ、逃げるんだ。
そう思いながらも、身体は言うことをきかない。
早くっ。
動けないシンヤを見て、捕食するために、ゆっくりと近づいてくる魔物は、シンヤの目の前で鋭い牙を覗かせ、大きく口を開ける。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
はじけたように動き出した身体は痛みを無視して横に飛ぶ。
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