1章-13話 村での一時

 外に出ると屋敷が少し高台にあることもあり、村の様子を見渡すことが出来た。

 

 屋敷は村のほぼ中央の高台に建っていて、そこを中心にしてたくさんの家が囲むように建ち並んでいる。百軒以上ありそうな家々の先には、昨夜通ってきた田畑が広がり、さらにその奥には村の入口である森が見えた。


「昨日はあまり意識していなかったんだけど、すごく大きい村だね」

 

「元々は屋敷と家が数軒あっただけの場所だったのよ。おっきな魔石を使って、リネット達が結界を張ってくれたから……。そこに逃げ延びた人達が集まってきて大きくなったの」


 シンヤは返ってきたクロエの言葉に、ほんの数年で作られた村の苦労を思う。きっとここは、周囲の街や村の生き残りが、必死の思いで辿り着いた最後の砦なのだ。


 目に入る風景は平和そのもので、行きかう人々が挨拶をしてくれる。その都度シンヤを紹介してくれるのだが、村人との話はいつの間にクロエが話題の中心になっていた。

 

「クロエ様、今度うちの畑をみてくだせえ。他の畑と違って上手く育たないんでさぁ」 


「井戸のくみ上げポンプが調子悪くて……。なんとかなりませんか?」

 

「今度また旦那も狩りにつれてってやってくれませんか? 家にいると何にもしないんですから……」


「カミさんが毎晩殴ってくるんです。何とか言ってやって……」


 その話の内容のほとんどが相談事のような話ばかりなのだが、クロエはその一つ一つを真剣に聞いていた。最後に声を上げた男だけは、確実に相談する相手を間違っているとシンヤは思った。


 いつの間にか蚊帳の外に置かれたシンヤは、真面目に相談に乗っているクロエの姿を遠巻きに見ていると、不意に声がかかる。


「あんた、稀人なんだって?」


 振り返ると村人の一人が近づいてくる。

 

 シンヤより幾分年上に見える男は小柄で、畑作業でもしていたのか帽子をかぶり、手には鍬を持ち土で汚れた服装をしていた。


「俺はコルスト、あんちゃんもまた、珍しい事に巻き込まれて災難だったなあ」


「どうもシンヤです。昨日来たばかりなのに、皆おれの事知ってるんですね」


「この村に住んでる皆は家族みたいなもんだ。知らない人間がいたらすぐに話はまわってくるんだよ」


 コルストはシンヤの肩を叩くと大きく笑う。


 一晩で数百人に自分の存在を知られるとは驚きである。この村は結界によって閉鎖されて村内の情報だけが全てなのだ。だからこそ、知らない人間が一人来ただけでも話題の種になるのだろう。


「なあ、あんちゃん、クロエ様は素晴らしい方だろう?」


「ええ、凄く良くしてもらっていて、クロエ達がいなかったらおれは昨日の内に死んでいたと思います」


「結界の外は普通の人間には厳しいからなあ。そんな危険なところにリュート様達は、足りない物を取りに行ったりして頂いてると思うと申し訳ない限りだよ」


「そんなに頻繁に外に行ってるんですか?」


「週に何日かは行ってくれているよ。魔石とか鉱石とか塩とか村の中で作れない物は、ほとんど屋敷の方々が外から取ってきてくれてるんだ」 


 確かに村の中だけでは生活する上で不足する物も多々あるのだろう。


 結界の外は危険と隣合わせ、いくら強いとはいっても恐怖は無いのだろうか。そんなことを思っているとクロエが両手を振ってシンヤの方を見ていた。


「ごめーん、シンヤ。ちょっと手伝ってくるからその辺見て回っててくれる?」


「わかった。適当にぷらつくから、終わったら見つけてくれ」


 手を振るクロエは大きな声で話しかける。


 きっと村人の相談が話で終わらなくなってしまったのだろう。シンヤの返答を聞くとすぐに彼女は村人達と共に、村の奥へと行ってしまった。



「クロエ様がいなかったら、もっと絶望していたよ。あんちゃんは知らないだろうけど最初はひどかったんだ」


 遠ざかるクロエ達を見ながらコルストが呟く。

 

「ひどい……?」

 

「ああ、ここに逃げ込んで、結界の外に出れんくて、家も無い、畑も一からだった。何もかもが足りなくて絶望しかなかった。そんな時にあの方は笑顔を絶やさず一人一人に声をかけてくれてなあ。『大丈夫、絶対なんとかするから』って」


 数年でこの規模の村を作るのは本当に大変なことだったのだろう。しかし、それ以上に人間というものは先の見えない毎日に絶望するもの、その挫けそうな心の支えをクロエが担っていたというのだ。


「恩返しじゃないが、この村を外に出ないでも生活出来るようにして、安定させることが今の俺達の夢なんだよ。そうすればクロエ様やリュート様が、きっと、きっと明るい未来にしてくれるって俺達は信じてるんだ」


 コルストの目には希望が宿っている。たとえ絶望が襲ってきても、自分に出来ることをやるんだ、そういう決意がシンヤにも伝わってくるほどだった。


「だからあんちゃんっ! あんたも大変なんだろうけど、あんまりクロエ様達に迷惑をかけちゃあいけないからなっ」


「は、はいっ……」


 コルストがぐっと顔を近づけてくると汗の匂いが目に染みたが、真剣な眼差しと勢いにシンヤは即答するしかなかった。この人だけではない。きっとこの村に住む人達皆が、手を取り合ってクロエ達を助けようと思っているのだろう。


 そう思うとシンヤの心の内に、温かな気持ちが溢れてくる。


「コルストさんっ」


「ぐえっ!」


 その温かな気持ちを言葉にしようとコルトスを見据えた直後、目の前からコルストの姿が消え、蛙が踏みつぶされたような声が聞こえた。


「あんたっ! その人はクロエ様のお客だろう? そんな臭い身体で失礼な真似するんじゃないよっ」


「かあちゃんっ、臭いってそんな言い方は……、ひいっ」


「あ、あのすみませっ……っ」


「それにっ! ちょっと前から聞いてたけど、あんた偉そうなこと言える立場じゃないだろう」


 見るとコルストの一回りは大きいふくよかな女性が、彼の襟首を掴んで引きずりながら話をしている。シンヤもフォローしよう口を開こうとするが、女性の凄まじい剣幕に口を挟む余裕が無い。


「いや、ちょっとこいつにいろいろ教えてただけで……」


「それに仕事はどうしたんだい? どうせこの人がいたからちょうどいいと思ってさぼっていたんだろう」


「それは、その……」


「やっぱりね。いつまでも仕事さぼってないで、さっさと働いておいでっ。その方がクロエ様達の為になるんだからねっ」


 どうやら彼の嫁なのだろう。見る限りコルストは完全に尻に敷かれているようで、怒鳴られたコルストはシンヤに軽く頭を下げると、鍬を抱えて畑の方へと走り去っていった。


「……あたしはレジーナ。うちの旦那が呼び止めちまってたみたいですまないね。……でも真面目な良い人なんだ。暇があったらまた話してやってちょうだい。あの人の仕事が終わった後にでもね」


「そんな、いろいろ教えて頂けて、ありがたかったです。あまり怒らないであげてください」


「そういってくれると嬉しいよ。でも仕事さぼっていたのは本当の事だからいいんだよ。邪魔だったらちゃんと邪魔だっ…て言ってくれていいからね」


 よく響く声で大きく笑うレジーナは地面に置いていた大量の衣類の入った籠を抱え、先ほどクロエの向かった方に歩いく。


「あの洗濯物どうやって持ってるんだろう……」


 明らかにシンヤよりも体積の重そうな籠を片手で持ち上げているレジーナの姿に、異世界の人間の力を垣間見た気がしたのだった。

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