1章-12話 初めての食事……



 話は終えたシンヤは頭を抱える。


 詰んでいるという状況を認識出来たものの、現状で出来る事は少ない。せっかくもう一度人生を歩めるとはいえ、この世界で自由に生きることなど到底出来るものではないのだ。


 それでも容易に生を捨てる選択肢はシンヤに無い。出来うる限り生き足掻きたいのだが、この先の人生設計が想像できず、頭の中で袋小路に陥っていた。


 一度部屋に戻ろうとシンヤが席を立つと、タイミングを見計らったかのように、広間の扉が開き、セラが入ってくる。

 

「皆様、昼食の用意が出来ましたのでお持ちしました。他の方々はもう済まされましたので、どうぞお召し上がりください」


「そうか。ウォルマーもモーリスも食っていけ、どうせ家に帰っても飯は用意されていないだろう?」


 オルステインの言葉を聞き、二人の返答を待たずにセラが動き出す、慣れた動きで配膳を始め、あっという間に食事の準備が整う。その動きをシンヤは舌を巻く、動き一つ一つに無駄が無く、食器の擦れる音すらしなかったのだ。


 昨日は何も口にすることの出来なかったシンヤは、改めて椅子に座りなおす。あまりお腹は空いていなかったが、異世界料理に期待していたのだ


 だが目の前の料理は、期待していたものとは違い、パンにスープと簡素な物だった。

 

「すまんな、食料もそこまで備蓄があるわけではないから、祝い事でも無い限りは節約させている」

 

「いえ、昨日は何も食べていないですし、ありがたいです」


 顔に出ていたのかオルステインに言われて、シンヤは罰が悪そうに礼を言いスプーンを握る。現代の食事に慣れ親しんでいた為、並べられている食事があまりにつましく、寂しささえ感じていたのだ。

  

「美味しいっ……!」

 

「そうだろう。食材は少ないがセラの作る料理は旨いんだ。……この屋敷に滞在中は毎食セラが作ってくれるからな」


 一口食べてみると、シンヤから感嘆の声が漏れる。


 パンは固いどころか柔らかく、スープも肉類こそ入っていないのだが、しっかりと野菜の旨味を引き出していて美味しかった。久しぶりの食事と言うこともあり、シンヤの手は止まることなく次々と料理を口に運び続けた。


 その様子をオルステインは満足そうに頬を緩めて言葉を並べる。


「いつ食べてもセラさんの料理は美味しいですね」


「えぇ、是非わたしの家に来て頂きたいものです……」

 

「そりゃあだめだ。セラがいなくなるとこの屋敷は回らんからなっ。……それにモーリスは嫁がおるだろう」


「あいつは料理が下手ですからね。普段からわたしが作っているんですよ」

 

 冗談を言い合いながら食卓を囲む、複数人で食事をする機会の少なかったシンヤは、眼前のやり取りを背羨望の眼差しで見ている。外は絶望に溢れているような世界なのに、ここには暖かさがあり、なぜだか胸を締め付けられる思いだった。


 食事を終えたシンヤは一度部屋へと戻る。シンヤの丈に合わせて服を用意してくれたと、セラが教えてくれたからだ。白い七分丈のシャツに袖を通し、紺色のベストを上に着る。いつ測ったのかと思うほどシンヤの身体にピッタリに仕上がっていた。


「え……っ!?」


 着替えた姿を確認しようと、鏡台を覗いて自分の顔に驚く。シンヤは今年で25歳、童顔というわけでもないので年相応に見られていたはずだ。


 だが、目の前に映っているのは、どう見ても高校生の頃の姿に見えた。


「若返り? と体力が無くならない能力?」


 アニメ等の物語であれば、魔物と戦える力なり、生きる為にもっと必要な能力をもらえるのだが、シンヤが確認できた力は、早く走れるようになるわけでも、疲れないわけでもないのだ。


 しばらく自分の顔をいじり倒していたが、現状は若くなった以外は特に異常は無い。ベッドに腰かけたシンヤは広間での話を思い起こす。


 詰んだ世界。打開策の無い未来。


 その上、村に居ても良いとのことだが、いつまでもと言うわけにはいかないかもしれないのだ。もしこの村から出ていけと言われたら、シンヤは生きていけるのだろうか?

 



 答えはすでに出ている……死ぬのだ。




 ……一晩と生き残ることが出来ない。それは昨夜のうちに理解出来た事実だ。


 その上、この世界で死ぬのならば、自分も屍人と化してしまうのだろう。


 そう考えているといいようのない不安感が襲ってくる。

 

「駄目だっ、じっとしてると、よくない考えばかり浮かんでくる」

 

 勢いよくベッドから立ち上がり、部屋の扉を開けて廊下に出る。先ほど言われたように村を案内してもらおうと思い、昨夜セラに教えてもらったクロエの部屋をノックした。


 ほどなく扉が空きクロエが出てきた。


「あっ、シンヤ。もうお話は終わったの?」


「……もうお昼も頂いたよ。用事が無ければ、村を案内してもらおうかと……」


  部屋から出てきたクロエは朝の部屋着を着替え、昨日と同じように動きやすい服を身につけている。服を変えた彼女の姿に一瞬見惚れるも、少しは耐性がついたのか、すぐに再起動するシンヤは要件を伝えた。 


「うん、兄さんの用事も済んだし、準備できてるから行きましょう。あっ、セラに服用意してもらったんだ……。似合ってるよ」

 

「じゃ、じゃあお願いします」


 笑顔を浮かべるクロエに着替えた服を褒められ、嬉しくなるシンヤだったが、出来るだけ平静を保ちつつ玄関に向かう。 

 

「あっ……」

 

 玄関に差し掛かると一人の女の子がうろうろとしていて、クロエに気が付き短く声を上げた。


 その子はシンヤが初めて見る子で、年は12、3歳くらいだろうか、白く膝まであるドレスを身に纏い、くせっけのある綺麗な金色の髪を、肩にかかる程の長さで切りそろえている。クロエを見つけて、嬉しそうに笑いこちらに来ようとしていたのだが、シンヤを視界に収めると、驚いたように慌てて物陰に隠れてしまった。

 

「リネット、大丈夫だよ。ほら、この人はさっき話したシンヤ、良い人だから挨拶しよう」

 

「……こんにちは、おれは上野木シンヤっていうんだ」

 

 クロエが隠れてしまった彼女に声を掛けるが、一向に出てくる気配はない。続いてシンヤも挨拶をしてみるが返答すらない。彼女が朝話に出てきたリネットと言う女の子だと思い、しばらく声をかけ続けたが、結局出てきてくれはしなかった。


 仕方なくクロエが物陰まで行ってリネットと話をしてくれたのだが……。


 「ダメね、ああなったらしばらく出てこないと思う。後でわたしから上手く話してみるから、先に村を周りましょう」

 

 どうも知らないシンヤの事が怖いらしく話は出来そうにないと、外に出ることにした。

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