1章-10話 世界の理 前編



「現状人種の生存者は減る一方だ。それと同時に生き残るために悪事を働く輩も確実に増えている。今朝方確認してきてもらったが、昨日森の入口で血蜘蛛に襲われていた人種は俺達が追っていた野盗の一味であることが確認された」

 

 リュートの声だけが重く響く中、シンヤは目の前で死んだ人間が、野盗であることを知って、多少だが心の重荷が軽くなるのを感じていた。

 

「悪意のある者を見極めるのは難しい。俺個人としては疑わしきは罰せよ……と、言いたい」

 

 擁護してくれるものと思っていたリュートの発言で、シンヤは一気に血の気が引いていくのを感じる。先ほど名前を挙げられた二人は当然と言わんばかりに頷いていた。

 

「だが、それを繰り返していてはこれから先、人種に未来はない。……昨夜クロエにそう指摘されてな」


「ねぇクロエ。なんて言ったの?」


「お風呂の後、ちょっと兄さんと言い合いになったわ。あの通り頑固だから大変だったのよ」


 苦笑いしたリュートはクロエに視線を送る。気になったシンヤが彼女に小声で聞いてみると、どうやらあの後少し口論になったとのことだった。きっとその話が無かったらこの言葉はまったく違うものになっていたのだろう。


 最悪追い出されていた可能性を想像して、シンヤは苦い顔で笑った。

 

「稀人……精霊のいたずらでやって来た人種とはいえ、半日ほど見て悪意はないと判断した。もしそれでも納得がいかないという者は、監視でも付けるなりしてくれ。俺からは以上だ」 


 リュートが話を締めくくると、広間は静寂に包まれる。先ほどまで感じられた敵意は幾分収まり、反論が出ないところを見ると、シンヤが見捨てられるということはなさそうだった。

 

「リュート様の言ももっともだと思う。納得できない者もいるだろうが、そこにいるシンヤを、この屋敷でわしが責任をもって預かろうと思う。それでいかがだろうか?」


 素性のわからない人間を屋敷に住まわせてくれるというのだ。裁判は無罪放免と言うことなのだろう。胸を撫でおろすシンヤは、この世界で生きていく為の基盤をなんとか手に入れることができ溜めた息を吐き出す。

 

「そういうことであれば俺に思うところはない」


「わしもだ」

 

 否定的な言葉を発していた腕を組んだままのロニキスと呼ばれた犬耳の獣人も、セルバと呼ばれた小柄で初老の男も反論は無いようだった。


「シンヤ君といったね、改めて自己紹介しましょう。わたしの名前はモーリス、見ての通り鹿人です。ここで主に医療を担当しています。そして隣の狼人がロ二キス、オルステイン殿とリュート様は昨日会っているそうですね、次がウォルマー、最後にセルバです」


 鹿の角を生やしたモーリスと名乗った男が、席に着く全員を紹介してくれる。印象的だったのが犬では無く狼の獣人だったロニキスだろう。視線がシンヤに集まるので、急に緊張感が溢れてきた。

 

「ロ二キスだ。村の警備と軍務を仕切ってる。変なことしやがったらぶっ殺すから覚悟しとけよ」

 

 いかにも荒々しい雰囲気を持った狼人のロニキスは、犬歯をむき出しにして射すくめてくる。未だ警戒をしているのか、怒鳴ることこそなかったが、その声音はシンヤの身をすくませるには十分だった。


「ウォルマーです。情報収集と魔族の研究をクロエ様としています。シンヤさんにはあとで個人的にお話をお聞きしたいですね」

 

 白髪の前髪を目が隠れるほどに伸ばし、シンヤからは前が見えているのか不思議な程だ。この中では一番年若く見え、警戒していないようで、稀人に対する興味がその言葉ににじみ出ていた。

 

「セルバじゃ、巫女様とともに結界の維持を担当しておる」


 最後に初老の男が名乗る。ロニキスと共に最後までシンヤの事を警戒する言葉を放っていたが、その口調に敵意は無く。単純にクロエ達を心配しての発言だったのではと感じた。

 

「なんにせよこの村での滞在を歓迎しようシンヤ。といっても人手が足りないので、できることをやってもらうことになるとは思う。後で挨拶を兼ねてクロエ様と村の中を見て回るといい」


「そいつの処遇が決まったなら俺はもう行くぞ」

 

「そうだな、俺も座って話聞いてるってのは性に合わんからな。顔も見れたし警備の連中でも相手にしてくるわ」


「わしも昨夜リュート様が持ってきて下さった魔石の錬成作業がありますので……」

 

 オルステインが話を締めると、すぐにリュートが席を立つ。ロ二キス、セルバと続いて席を立ち、部屋を出ていく。後には比較的シンヤに好意的な人員が残った形だ。

 

「ついでにそいつにここでの常識でも教えてやってくれ、あまりにも無知すぎる。それとクロエ、お前はこっちだ。話がある」

 

「えぇっ! いやよ、わたしもここで話を聞きたいっ」


 リュートが部屋を出る前に、呆れたような顔で指導するように言い残す。彼にしてみれば何も知らないシンヤは、余程足手まといだったのだろう。それと同時にクロエを呼ぶが、彼女はそれを拒否する。 


「いいからついて来てくれ。ここはオルステイン達がいれば大丈夫だ」


「でも……」

 

「お前に手伝ってもらいたいこともある」


「……分かりましたっ。行きますっ……シンヤまた後でね」


「あ、ああ。また後で……」

 

 リュートに押し負けたクロエは渋々兄と共に部屋を出る。部屋の中にはシンヤを含め四人だけとなり、現状唯一頼れたクロエが連れて行かれてしまい、シンヤは緊張を隠せないでいた。


「それでシンヤさん、できればこれまでの経緯をここで話して頂けると嬉しいのですが?」

 

 クロエ達が出てすぐにウォルマーが口を開く。先ほども興味深々でシンヤを見つめていたので、我慢できなくなったのだろう。 


「待って下さいウォルマー、立ったまま話させるのも失礼でしょう。すみませんシンヤ君。そちらの席に座ってください」

 

「はい、失礼します」


 モーリスは、急かす様子のウォルマーを遮り、シンヤに着席するよう促す。広間の入口側にある椅子を引き、シンヤは席に着くと、昨日クロエに話したように今までの経緯を説明した。

 

「にわかには信じがたい話ですが、次元の違う場所からシンヤさんは来たわけですか」


「はい、実はその時に一緒にいた人がいるんです。その人も同じようにここにきてると思うんですけど、近くにはいなかったみたいで……」

 

 一通り話を聞き終えるとウォルマーが口を開く、魔法があり、精霊のいたずらと言う現象が認知されているからこそ、この突飛な話が信用されるのだろう。


 シンヤは天使のノエルを思い出し話をするが、いくら異世界とは言えども一度死んだという事実を伝えることだけは憚られた。


「シンヤ君には申し訳ないですが、もしその人がこちらに来ていたとしたら、きっと夜を超えることは出来ないでしょう」


「……」

 

 昨日の屍人に天使という存在のノエルが殺されるものなのかと考えてみるが、そもそも天使の力も、この世界の脅威についても、知らないことが多すぎるシンヤに、答えは見つからず言葉は出てこなかった。

 

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