1章-9話 魔力の有無
シンヤが目を覚ますと、また違うところにいた。などという3度目はさすがになく、眠りについた時と同じベッドの上だった。
先ほど見ていた、薄っすらと残る夢の残滓が、妙に現実的だったような気がして考えてみる。だが、すぐに記憶の底に沈んで、思い出せなくなってしまった。
「なんか大事なことだった気がするんだけどなぁ」
ベッドから起き上がり、一つしかない窓から外を覗くと、屋敷の中庭が見えた。噴水を中心にしたとても綺麗な庭だ、剪定もされており、しっかり手入れされていることがわかる。
空を見やると、太陽はすっかり上ってしまっていて、おそらく日が昇ってから数時間は立っているのだろうが、部屋には時計らしきものもない為、正確な時間を知るすべはなかった。
「間違いなく寝すぎだよな」
昨夜は部屋に入りすぐ寝入ったはずなので、かなりの時間寝てしまっていたようだ。シンヤがベッドに戻り腰かけると、ほどなく扉がノックされる。
「シンヤ、起きてる?」
「起きてるから入ってきていいよ」
聞こえた声はクロエだった。彼女はシンヤが返答すると部屋に入ってきた。
「おはよう、昨日はよく寝れた?」
昨日の動きやすい姿と違い、入ってきたクロエは部屋着なのか、薄い青を基調としたワンピースのような服を着ていた。
「……シンヤ?もしかしてどこか具合悪いの?」
「大丈夫、よく寝れたっ。ちょっと寝すぎて頭が回ってないだけだから」
クロエの昨日とは違う清楚な姿に見とれていると、彼女は心配そうに近づいてきたのだが、昨日の事もあり、面と向かって話すのが面はゆいシンヤは、顔をそむけて弁解する。
そんなシンヤの焦る気持ちに、気づいているのかいないのか、クロエはベッドまで来て隣に腰を下ろす。
「そっか、ならいいんだけど。具合が悪いようなら言ってね、わたし、少しだけど回復魔法も使えるから」
「回復って怪我しても治るの?」
昨夜シンヤが魔法を見た時点で、あるだろうとは思っていた傷を治す魔法。結界の外が危険だらけのこの世界では、治療手段があるというだけで安心感が違う。
「えぇ、あと軽度の病気なんかも治療できるわ。リネットなら腕とかとれちゃっても再生できるんだけど……」
「本当に体調が悪くなったらお願いするよ。それと、とれちゃうって……。想像したくないけど、切れたとこから生えてくる感じ?」
「うん、何度か見たことあるけど、にゅにゅーって感じで生えてきてたわ」
クロエは口で効果音を付けながら、自分の手が生えてくるような手ぶりをして、シンヤに説明する。
「うわぁ、絶対見たくない。おれはお世話にならないようにします」
千切れた腕が爬虫類の尻尾のように、少しずつ生えてくる姿を、想像して身震いすると、シンヤ自身はそうなりたくないと誓うのだった。
「……ちなみに、その凄い魔法を使うリネットさんって?」
「あっ、リネットはわたしの幼馴染よ。あとで会うと思うけど、ちょっと人見知りしちゃう子なの、でもとっても良い子だからシンヤも仲良くしてあげてね」
「わかった。大怪我してお世話にならないようにはするけど、仲良くさせてもらうよ」
「よろしくね」
そう言って笑うクロエの笑顔はとても魅力的で、シンヤの弱い心臓がすぐに鼓動を早めてしまう。
「そ、そう言えば、昨日魔法を見せてもらった時に聞こうと思ってたんだけど、おれにも魔法って使えるのかな?」
「うーん、魔法の適正はありそうな気がするんだけど……。調べてみる?」
「是非っ」
「じゃあ、手を出して」
差し出した両手を握られ、またも鼓動が早くなるのを感じたが、クロエの手を通して感じる血流のような感覚に意識を取られる。
シンヤの右手から入り込んだそれは、身体中を駆け巡り、左手からまた出ていく。
「はい、終わり」
その行為は数十秒程度で終わり、名残惜しそうにクロエの手を離すと、シンヤは次の言葉を待つ。夢の魔法を手に入れられるかもしれないのだ。
「……結論から言うとシンヤに魔法は使えないわ」
「えっ、駄目だったってこと?」
「正直よくわからないの。……魔力はあるし循環も問題ない。わたしの魔力は回して出すことができたんだけど、シンヤの魔力を身体の外に出すことができないのよ」
「まじかぁ、やっぱこの世界の住人じゃなきゃ駄目とかあるのかなぁ」
「でもでも、身体の中で回すだけなら出来るから、身体能力を上げたりする魔法は使えるはずよ。体内の魔力を循環させて、筋力を上げたり、反射神経を向上させる魔法」
夢の魔法使いになれる希望を打ち壊されて、その場で
「自分にかける補助魔法」
「今度教えてあげるから……。落ち込まないの」
せっかく魔法に触れるのだ。本来ならばシンヤ自身が、派手に超常現象を起こしたいと思うのは仕方のない事だろう。
だが、出来ないものは出来ないのだ。少なくとも実感できる魔法が使えるのならと、納得するしかなかった。
落ち込んでいると部屋のドアがノックされる。
「シンヤ様、失礼いたします」
「どうぞ」
外から聞こえたのは昨日案内してくれたセラの声のようだ。すぐに返答すると入ってきたのはやはり彼女だった。
「クロエ様、やはりこちらにいらっしゃったのですね。シンヤ様をお呼びしてくるのではなかったのですか?」
「あっ、違うのセラ、すぐに呼んでくるつもりだったんだけど、ちょっと話が長くなっちゃって……」
「何も違いませんね。オルステイン様がお待ちですよ」
「あぅ……、ごめんねシンヤ。オルステインに話を聞きたいから呼んでくるようにって頼まれてたの」
「おれは大丈夫だけど、クロエが大丈夫じゃなさそうだね」
クロエの慌てた言い訳を聞いて、セラの口元が薄っすらと微笑んでいるので、どうやら少し楽しんでいるようだ。
そんな二人のやりとりを見て、助けてくれた人達がクロエ達でよかったと心底そう思う。少なくともシンヤをどうこうしようという悪い考えの人達ではないのだから。
「さぁ、わたしは仕事中でしたからこのまま戻ります。お二人は広間の方に向かってください」
「ごめんなさいセラ。手間かけちゃったね」
「いいえ、大丈夫ですよ。でも、早く行かないとオルステイン様にお説教を受けることになりますよ」
「それは嫌、シンヤ行くわよ」
オルステインの説教がいかなるものなのかはわからないが、その言葉でクロエの顔色が変わったところを見るとよほど怖いのだろう。シンヤの腕をつかむと急いで、部屋の外へと飛び出していった。
◆ ◆ ◆
向かった先は数十人が入れるほどの広間、中央に大きな丸いテーブルが置いてあり、飾り気は少なく最低限の物しか置いていないようだ。
入口から正面一番奥の席にはリュートが、その右隣をオルステイン、左隣は空席となっており、さらに扇状に左右二人ずつ計六人の人間が座っていた。
「やっと来ましたか。クロエ様ご自身が呼びに行くと仰ったのですから、あまり遅くならないで頂きたかった。もう皆集まっているのですよ」
「お待たせしてすみません。……こちらが稀人のシンヤさんです」
オルステインが話をしたい、とだけ聞いていたシンヤは、目の前にリュートとオルステイン以外にも数人、男達がいることに緊張を隠せない。
さらにその中には昨日リュートから浴びせられた殺気にも似た懐疑の視線を送るものもいて、シンヤの背中には冷や汗が流れる。
「稀人か、オルステイン殿から聞いているが別の世界からとか?」
「いやそれよりも、本当にそれが事実なのかということの方が先では?」
「そこはクロエ様の眼に疑いをもつようなものでしょう」
シンヤ達をそっちのけにして、話し合いを始めてしまう彼らの中に違和感を感じた。よく見みるとオルステインを含めた六人の男達の中に二人、普通の人間ではない人がいる。
一人は明らかに犬のような耳が頭についており顔の造形も獣に近く、もう一人は鹿の角が頭に生えているのだ。
天使や化物、昨日の内に魔法など非現実的なものを多々見てきたシンヤだったが、こうもファンタジー要素の強い人類が出てくるとは思わなかったのか、目を擦り改めて確認するほど驚いているようだった。
「そんなことを言っているのではない。クロエ様の眼がいかなる嘘をも見抜くということは当然理解している。だが魔眼である以上、対策方法がないとは言い切れぬだろう。もし魔族の手の者だったならどうするつもりだ」
「そんなことを言い出したらキリがないっ」
「そもそもだ。いくら魔石の為とはいえ、お二人のみで結界の外に行かれること自体わしは反対だったのだ。それをどこの馬の骨ともわからん小僧を拾ってきて……」
昨日、ろくに話もしていないのうちから信用してもらえたのは、クロエの持つ眼のおかげだったことに合点がいったが、話の内容が自身に対する裁判のようで落ち着くことができない。
シンヤは飛び交う怒号の中小さくなっていることしか出来なかった。
「いい加減にしろっ」
混迷の席を一喝し止めたのはリュートだった。
「現状を考えれば、不安要素を排除したいというセルバとロニキスの言もわかる……が、クロエの眼だけで俺は判断したわけではない」
静まり返る広間にリュートの声がよく響き、否定的な言葉を発していた二人の名前が挙がったのだ。
シンヤから見て左の端に座っている初老の男と、オルステインの隣に座っている犬の獣人と思われる男が身をすくませている。
「ねぇクロエ、リュートって実はすごい人?」
驚いたシンヤは、隣にいるクロエに小声で確認する。シンヤといくらも年の離れていないだろうリュートが、二回り以上は年が離れている人達を一喝して黙らせたのだ。
「あー、言ってなかったよね。兄さんはこの国の皇子だったから……よくあんな風に会議してて慣れてるのよ」
「ん? ってことはクロエはお姫様って事?」
「元ね、元、国ももうないんだからあんまり気を使わないでね。ほら喋ってると兄さんに怒鳴られるよ」
「まじっ……!?」
なんでもないように自身の身分を明かすクロエを見て、さらに驚きを隠せないシンヤだった。
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