私のリアルについて

瀞石桃子

第1話



そこのそれ、一応、『想い棚』に置いておいていただけないでしょうか。そう『想い棚』に。


今すぐに、ってわけじゃないんです。でもできるときにしておかないと後悔しちゃいそうだから、どうかお願いします。


で。唐突なんだけど。想い棚のことを話すことって、まあ、ほんとうに滅多じゃない。

想い棚には私の記憶がズラリと並んでいる。

とくに大事なものには紺の地に金箔の装丁をあしらうきまりがあって、今回のは、たぶん、そういう装丁になるかもしれない。

金箔の装丁をした記憶の中身は、決まって悲しい思い出。


田舎の駅近くに住んでいた同級生が自殺したこと。夜、喪中の紙が貼られた家にたくさんの花が飾ってあったこと。

母方の祖母が癌で亡くなったこと、数日前にその手を握ったこと。祖母の顔は薬で黄色だった。

中高の同級生が自転車に乗っているときに交通事故で亡くなったこと。彼の家に行ったこと。彼だけが私を名前で呼んでくれた。

大学のときに自傷を繰り返した。ハサミで皮膚を切り、ピンセットを腕に突き刺し続けた。壁を殴り続けた。窓硝子を殴り続けて割った。あのとき、私は自らをしかばねと呼んだ。血が出るしかばね。大学は自主休講の毎日。

年を重ねるにつれ、両親を、とくに父親に対して憎悪が芽生えたこと。今後、一緒にごはんを食べたりすることは余計なことでしかないように思う。私はもう、二人の期待を蔑ろにして生きていく。ぐずぐずに死んでいく。


金箔の装丁が高く積み重なるだけ、私は誰かとの繋がりを断裁している。今じゃ、同じ年代で繋がっているのは2人で、あとは全部ブロックした。繋がる必要のない人ばかりだ。

その2人も、数年で断裁されるように思う。

結婚のときの友人代表スピーチ、●●にお願いするから、と言われたとき、芯からゾッとした。

君は何様だ。私は何者だ?

させないからな。

そんなこと、絶対にさせないね。

友人代表にされるくらいなら消えた方がマシ。私は古典的なクラゲだから。


父方の祖母は認知症のため、介護施設に入っている。かれこれ5年が過ぎて、もう未練は残っていない。20年ちょっと一緒に過ごしてきたにしろ、もはや心苦しさはない。

目も開かないし、声も出ない、無論歩くこともできない。祖母に意思はない。

何もできなくなってしまった人を生かしておくことは美徳でもなんでもないんだ。記憶が手元から離れてしまうことを、悲しんだところで。

施設で、みんなが子どもをあやすみたいに寄ってたかって声をかけている。涙を流したり、思い出を話したり。

だから、それが何になるんだよ。

時間の無駄だ。

それでも付いていく私は、基本、ゴミ。


心の底からある人を、最悪の女と名したことがある。中身を見ている人だと思っていたのにさ、露骨に外側で判断する人だった。たまらないよ。たまらない。あの人は私のファムファタルにでもなった積もりだったらしいけれど、ざまあない。そんな彼女に期待を寄せていた私もいたので、大っぴらには言わないけども。それはそれで。

今は、楽しく凡庸に日々を生きているんじゃないかな。これ以上、彼女に不幸がありませんように。


食したもの。

カマキリの天麩羅、マムシの素揚げ、ウサギのカレー鍋、アリ、カエルの唐揚げ。花や葉は常食のうち、生で。これらをまた食べろと言われたら、普通に食べるよ。生きているものは全部食えるようにできているし。食べないなら、それは食わず嫌いだ。気色悪いから食べないと言っているようなもの。毒を食らわば毒になれ。


今回の金箔の装丁は母方の祖父のこと。

90歳超えていて、近頃肺炎で入院してしまった。まだ死んじゃないけど、案外もうすぐのように思う。危篤の一歩手前。亡くなる前には夢に出てくる可能性が高い。これまでが全部そうだったし、彼らにしても、何にしても。ともあれ、悲しい記憶になるのは間違いないんだ。でも、じゃあそのとき悲しくなるかと言われると、別に感情は伴わないよね。なにも泣いたりしないし、困ったりもしない。数日が経ったら、一回忘れる。また夜に思い出したりはするだろうけれど、悲しさはどこにも繋がりえない。


こんなかたちで記憶は想い棚に納められていく。出来損ないの悲しみの数だけ素直さは削れていって、明るい世界はどこまでも空っぽに見える。誰がどうしただの、あれがなんだの、意味がない。色彩がシンプルでしかない、そんなものは意味がないんだ。


同じ話しかしない人、

同じイジリしかできない人、

熱い性格の人、

悪口の多い人、

いい年して文面に「!」とかつける人、

否定から話が始まる人、

人が話しているのにすぐ自分の話に変える人、

人を名前で呼ばない人、

関わりたくないなぁ、早く死ねばいいのにな。

貴女のお父さんさ、毎日色んな人から馬鹿呼ばわりされているんだよ。無能だって。本人気づいちゃいないけど。

子どもながらに親が毎日馬鹿にされているのって、なかなかクルものがあるな。ましてそんな光景を見た日には、ちょっと心が泣いちゃうよ。

でも別に、知ったことでないし。

可哀想なのはいつだって子どもたちだ。

美しい未来だの、夢だの、大人が描けないで子どもに与えられるわけがないだろうに。

やつら、何者にもなれない食いつぶし。


酒屋でアルバイトを続けて、今年で還暦を迎える従兄弟の父親。彼の息子は私の一つ年下で、東大に入学をした。で、大学院まで行って休学をして、今、仏道に入ろうとしている。彼は私と同じセクシャルマイノリティーで、仏道に入るきっかけの一つになったみたい。髪が長いのも、性に基づく見た目の変化だろうと思う。

いい学籍を残すことと将来というのは、直接結びついているわけじゃないんだな。彼がもし、お金に困ったらいくらでも工面するつもりでいる。二人で住んだっていい。どうせ私じゃ、今のところたいしたお金の使い道もないし。金はいくらでも余っている。


これでだいたい書きたいことは書いた。

追伸。

最近、よく食べるせいなのか、おっぱいが大きくなってきた。


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