さようなら

しゅりぐるま

さようなら

 僕、みどりが死んでしばらくが経った。僕は相変わらず、双子の兄弟のあおの体の中にいて、幼なじみで僕の初めての恋人だった君のことを見守っていた。僕のせいで悲しみの中に沈んだ君を見ているのはとても辛くて、青がいてくれて本当によかったと思っていたんだ――。



 その日、僕ら(僕と青)はベッドに寝転びながら、買ったばかりのスマートフォンをいじって遊んでいた。僕は外着のままベッドにいるのが我慢できなくて、いつもどおり青に文句を言って、うざがられたりしていた。


 急に、僕にはないはずの体が、ぷにぷにとした球体の中に入るような感覚を覚えた。途端に目がくらんで固く目を閉じる。これまで感じていた、僕の種みたいなものが増殖して、青の体の中に拡散していくのを感じた。拡散された僕で青の体が満たされた頃、恐る恐る目を開けると、僕はジーンズを履いたまま青のベッドに寝ていた。


(青……!? 聞こえるか?)


 話しかけても返事はない。僕はひとまず部屋着に着替え、もう一度ベッドに座って落ち着いた。産まれる前から一緒にいた僕たちとは言え、死んだ僕が青の体に意識だけ戻ってきてしまったのは、何かの手違いのようなものだろう。そして今回はそれのみならず、僕が、青の体をとうとう乗っ取ってしまったということなのか。


 時計の針を見る。0時を少し過ぎたところだった。時間から察するに、さっきのおかしな感覚を覚えたのは、0時ちょうどになる頃だろう。そして今日は、2012年2月29日、閏日うるうびだ。いつもの年にはない一日。言ってみれば、余分な一日。これは、偶然だろうか?


 もう一度、青に話しかけるがやはり返事はなかった。久しぶりに体を動かす感覚と、大きな混乱に疲弊した僕は、ベッドに横たわりそのまま眠ってしまった。


 朝、目覚めても僕は青だった。青の意識は感じられなかった。僕がまず真っ先に思ったことは、やはり、君に――茜ちゃんに会いたいということだった。でも、僕と青が一つの体に同居していたことすら話していないのに、今さらこんな話、誰が信じると言うんだ? はやる気持ちを抑えて、君にLINEだけした後、僕はいつもと変わらず青の大学へ行った。


 青との一身同居生活を数ヶ月送っていた僕は、大学でうまく青を演じられたと思う。でも、君の前では僕が透けていたようだった。


 君の前ではどうしても、口調が優しくなってしまう。君の好きな話題に合わせてしまう。君のことばかり見つめてしまう。盛り上がっていく会話の中で、僕だけが知っていることを知らないふりをするのが、とてもたいへんだった。


 別れ際、俯いていた君は意を決したように顔を上げてこう言った。

「今日の青は、なんだか緑くんみたいだね」

 君の目には涙が浮かんでいて、僕は青であるにもかかわらず、思わず君を抱きしめた。

「茜、俺がいるよ」

 青のふりをして言葉を放ち、君にキスをした。



 何をしてしまったんだ、僕は。放心状態のまま家に帰り、今日あったことをノートに書き留めた。もうすぐ今日が終わる。余分な一日がもうすぐ終わる。僕の一日も今日で終わるのかもしれない。


 最後にこう書いた。


 青、僕の身勝手な願いをここに記す。

 無視してくれても構わない。

 茜ちゃんを、お前に託す。


 一筋の涙が僕の目からこぼれた。

 24時間前に感じた、異次元に帰るような感覚と青の種が拡散してくる気配を覚えながら、僕の意識は遠のいていった。

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さようなら しゅりぐるま @syuriguruma

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