四節 自分の境界

古い思い出、現代とは異なる時代の記憶、親に捨てられ拾われた、山を尊重し自由に生きるその姿に憧れた、僕が、いや私が感情の整理を付けた頃には、辺りは暗くなっていた。


「おやお帰りですか、ずいぶんたくさん取れたですね。」


 ふらふらと旅館にたどり着けば、受付の少女に声をかけられる。


「かってに、持って行ってもらえるかな。」


 私はアケビのつるで作った籠を少女に渡す。中には大量の山菜、だがそれよりも今は心の整理を付けたいと押し付ける様に籠を渡した。


「少し疲れたから僕は部屋に戻る。」


 重い頭を押さえながら自分の部屋へと向かう。ふと窓の外が暗くなった気がした、角の生えた少年の歩みに合わせて窓からの光が消える。


「僕は何だ?私は誰だ?」


 暗い窓に映るは角の生えた少年の影、墨で塗りつぶされたそれには、胸に大きな穴が開いていた。


「あらあらそろそろお願いしようと思ったのだけど、すこし早かったみたいね、もう少し寝ていていいのよ。」


 影は霧に包まれ、鬼は眠りに落ちる。


 窓際の柔らかい座椅子で目を覚ます、どうやら疲れていたらしい、部屋に戻るなり意識を手放してしまった。


 色々な事があった、しかし山に来て前世を思い出すとは思わなかった、温泉も食事も良い場所なのだが携帯が使えないのがどうにも不便だ、そう言えば携帯を買ってからずっと使っていたな、むしろ触っていなかった頃の生活が想像できない、いやそう言えば読書をしていたな、昔はいろいろな本を借りて読んでいたが、外出先で本を読むとなると携帯の方が持ち運びやすい。


「そうだ確か下の階に本棚があったな、あの本を借りれないか聞いてみよう。」


古くぶ厚い絵本片手に時間を潰す、その絵本の題名はもう一人の酒呑童子、私はその独特な絵に目を引かれて手に取ったが、何かが胸中の琴線に触れたのか、私は物語に引き込まれていった。


古い、古い境の都『ヘイアン』の国の恋物語、息吹く山に生まれ落ちた異形、拾われ学び山々をめぐり出会ってしまった。

月の映る湖で体を清めるその姿、月に照らされし美しい人、思わず妖の少年はその場を走り去った。


巨大な月を背後に従え、再び出会うマリアのように微笑む綺麗な明るい紫色の長髪の少女、そんな彼女の姿を思い出し、妖はまだ知らぬ心の動きに従って人里へと降りる。けれど中途半端な変化では正体を晒せぬと、恋した人に合うために山々を巡る。


そして少女もまた、異能の力に頭を悩ませ、山々を巡っている。


妖は修行を続け、そんな旅の途中に再び出会う。


最初の出会いは妖の不慣れな告白、言葉足らずのそれに鋭く拳を握りしめ応えた少女、月に照らされた二人の影がぶつかり、地形を変えて先に妖が倒れたところで二人は笑い合った。


互いに人とは異なって、それに悩み空っぽになった心を補おうと手を伸ばし、それを埋める者を手に入れた。


二人の影が助け合いながら頂上にたどり着き、昇日の光に照らされる。


並んで寄り添うその姿、人と角を生やした妖、人のおぞましさを見ても本当の意味で知らぬ二人は、共に山に登り誓いを一つ、ただ泣かぬ事、必ずまた会う事、崖の上に座り、海を眺めながら指切り拳万、別々の方向に歩き出す。


いずれ会える日を想像し、自分の課題に取り組んだ。


優しき少女は人々を助け、大勢の人が少女に感謝し、離れた所から豪華な衣服を着た人影が、不愉快そうに少女の前を立ち去った。


ある日その村に少年訪れ、新たな約束結び合う。密なる絆は変わらずに、少し歳を重ね、並んで寄り添い愛し合い、約束を交わし合う。抱き合う二人口付け交わす。


けれども妖はいまだ修行の途中、長くとどまれば悪い物を集めてしまう。


後に妖は、再び少女の村に訪れる。人の醜さを話し、少女に人里離れて共に生きようと未来を語る、対する彼女の意思は変えられず、待っててあげるからと追い出される。


顔を真っ赤にした妖が、それでも愛の言葉をうたい彼女の説得を試みる。


結局最後は殴り合い、自分の出自を知った少年は、人の近くに彼女にいて欲しくないと叫ぶ。


倒れていたのは妖の方、少女は少年と昔の様に再び会おうと約束し、昔の様に別々の方向に歩き出す。


ただの妖が鬼と呼ばれ、鬼とうたわれるまでの物語。


幾年が過ぎ去って、変わり果てたその姿、哀れな鬼にさらす、夜盗か妖かそれとも国の仕業か、二度と動かぬ恋人の、彼女が愛したその村とともに燃えて消え去った、その姿から その惨状から、もはや約束など破られたのだと知った。


妖は感情のままに力をふるい、疫病を辺りにまき散らし、死者の怨念を集め鬼とする。咆哮、慟哭、大地揺らす。


その異形の姿晒してただ進む。


嘘つきめ!!裏切者め!約束一つ守れぬ軟弱者め、僕はお前など知らぬ、知るものか!!

響く糾弾、届けるべき者には届かず、よこしまな者を震えさせる、酒呑童子が鬼としてよみがえったと、僕は鬼だぞ自由だと叫び疲れ果て立ち尽くす。


鬼の目に涙。


ことりと、絵本が地面に落ち、砕け光を反射しながら消えていく。


読み終え私は顔をぬぐう。何故かこぼれた涙を拭い、上を向いてそれをこらえる。


そろそろ風呂に入るかと席を立ち、わらじに履き替え浴場へと向かう。


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