争いを無くす種

八木寅

第1話

 ある日、世界大戦がまた始まった。

 

 俺は思う。何で、世界は争いで溢れているのだろうと。争わずに平和な世の中にできないものだろうかと。

 で、考えた俺は、不安な心が拡散するから争いが生まれると結論づけた。

 俺は、研究を始めた。安心な心を拡散させるために。


「おい、大丈夫か?」

 必死に研究に打ち込む俺を友人が心配して声をかけてくれた。

「うん。大丈夫だ。俺は今とても有意義な時を過ごしている。これが完成すれば、世界は平和になるんだ」

「……僕にも手伝わせてくれないか?」

「ありがとう。嬉しいぜ」

 俺はウソ泣きをして笑った。

 こんな無謀な研究をする俺をバカにせずに付き合ってくれる友人がいて、本当に嬉しい。

 

 友人は俺よりも頭が良い。友人が研究に加わり、研究スピードが上がる。


 が、友人とのその楽しい実験の日々は突然壊された。

 召集令状が、友人の元に届いたのだ。


「仕方ない。これで連盟軍が勝てば、きっと平和になる。これも、平和な世の中を作るための仕事だ。平和への貢献してくるよ」 

 友人は爽やかな笑顔を残し、俺の研究室をあとにした。


「くそ!」

 俺の怒りは、研究へと向けられる。

 幸い、この国は戦火に包まれず、研究を黙々と続けられた。

 それに、持病がある俺には召集令状が来ない。持病があるとつらいだけだが、この時ばかりは少し得した気分になったことは――、人には内緒だ。


 けど、そんな風に悠長にいられない。

 大戦が長引き、薬も不足し始めた。薬の値段が上げっていく。

 薬で症状を抑え込んでいた持病は、薬が使えなくなると悪化しだすが、高額な薬にお金を出すより、俺は研究に金をつぎ込む。

「くそ。戦争め。くそ!」

 俺は戦争への怒りを湧きあがらせ、動きにくくなる身体に鞭打ち、立ち上がる。

 この研究が成功したら平和な世の中になるという希望を抱いて。


 身体がほとんどいうことを聞かなくなってきた頃――、それは完成した。たぶん。

 マウス実験をしてみたが、正直よくわからなかった。少し穏やかになる兆候が現れたと思う。

 あとは、人体実験だが――。

 俺は、マウスに与えたのと同じ、種状の生成物を口に入れてみた。


 …………?


 自分では成功したかよくわからなかった。

 ただ、もうこんなことしなくてもいいやという気持ちになってきて、戦争や争いを怖がる必要はないと思えてきて――


 俺は、一体なにと闘っていたのだろう。もう闘う必要はない。

 病とももう闘わない。この身体の苦しみから逃れるために死ぬのも悪くないだろう。

 死ぬのが全く怖くなくなっている。

「そうか、完成したコレは、そういうものだったのか」

 俺は力なく笑うと、「たぶん成功→」と書いて、その横に残りの一粒の種を置いた。  



「おい、帰ってきたぞ!」

 戦争が終結し、無事帰還した僕は、友人の研究室の扉を笑顔で開けた。 

 けど、返事は無い。

 奥に入ると、幸せそうな顔の遺骸があった。首から血を流した跡が広がっていた。


 研究が上手くいかなかったのかな、残念だよ……と僕は思った。


 ふと、机を見ると、「たぶん完成」と書かれていた。

「この種みたいのが?」

 まじまじと見てみるが、ただの種のように見える。


 きっと、彼の冗談だろう。彼と共にこれも葬ってあげよう。


 僕は、この種を研究室の近くに埋めた。



 その種は、人知れず芽吹き、成長し、木となり、花をつけた。それは、種が含む毒素をはらんだ花粉を飛ばし、人々の体内に知らず知らず拡散されていく。


 闘心を人間は無くしだした。生きる闘心をも無くした人間はやがて――


 研究者の意図通り、世界から争いは無くなった。 

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