あなたが落としたのは悪意の種ですか?それとも善意の種ですか?

mio

クラスの仲原さん

「ねえ、知ってる?

 隣のクラスの前野さん、学校休んで遊んでいるらしいよ?」


「え、何それ。

 皆嫌なのに来ているのにさ」


 一気にクラスの空気が悪くなるのがわかる。また始まった。この学校の人はどうやら常に誰かの文句を言わないと気が済まないみたいだ。本当に失敗した。学校説明会の「この学校にはいじめはなく、みんな仲がいいんですよ」と得意そうに言っていた校長を詐欺罪で訴えたいくらい。

 前野さんって確か、成績優秀だけど結構天然な子だよね。去年同じクラスだたけれどあまり話さなかったから、詳しくはわからない。でも、少し話した時はテスト前で困っていたところを助けてくれた。つまりとてもやさしい子なのに……。


「ね、三里さんもそう思うでしょう?」


「え、う、うん。

 なんで学校来なかったんだろうね」


「なんで、とかどうでもいい。

 ああ、本当に最悪」


「あ、梨華、これいる?」


「んー、いらない」


 不機嫌になった女王、仲原梨華の機嫌を取っているのは取り巻きその1。名前なんて覚えていない。私にできるのはただあいつらに目を付けられないように息をひそめるだけ。こんな高校生活、もう嫌だ。



「はー、今日も無事に終わったね」


「うん。

 てか、ただ学校行っただけなのに無事に終わったって」


「でも、正しい表現でしょう?」


 まあね、としか返せないのはなんとも悲しい話だ。ピコン、となった着信音にスマホを見てみれば、SNSの音だったようだ。『前野はっけーんww』というコメントと共に写真が乗せられている。うわぁ、こういうことやるんだよね。ため息は出るけれど、これを止められない私も私だよね……。


 この一年半、仲原さんのグループは私たちの学年に根を張っていた。誰も逆らえない。最初はそんなことはなかったんだけれど、仲原さんたちが誰かの悪口をいって、それに同調するたびに、どんどんと力が増していった。恐怖の種も悪意の種も力のない人たちを中心に広がっていってしまった。私にできるのはただ息をひそめるだけ。


「ねえ、ここってさ、産婦人科?」


「確かに。

 あー、面倒なところで見つかったね」


 写真をのぞき込んで私たちはお互いに顔を見合わせる。きっと私も似た表情をしているだろう。苦いものをかみしめたような顔。この写真で次のターゲットは前野さんだと決まっただろう。隣のクラスなのに、そんなのはあの仲原には関係ない。




「ね~、前野さん!

 あなた、真面目そうな見た目して相当派手に遊んでんだね」


 きゃはは、とあざ笑う声がきこえてくる。隣のクラスで話していることでも廊下に近いこの席ではよく聞こえてしまう。ああ、本当に失敗した、こんな高校を選ぶなんて。


「え、あの、何のことですか?」


「昨日、産婦人科行ってたでしょ~。

 子供でもできた?」


「ああ、誰か見てたんですね!」 


 聞きたくない。でも気になる気持ちが抑えられなくて、ついつい聞き耳を立ててしまう。ごめんなさい、前野さん。……、と思っていたんだけれど、なんだかすごくあっさり認めた?


「そうなんですよ。

 もう体調悪すぎて……。

 体調整えるための薬をもらってきたんです」


「た、体調悪いって、だから子供……」


「え、子供なんていないよ!?

 ふふふ、仲原さん面白いね」


 え、え!? これ、もしかして前野さんわかっていない? クラスでは他人の振りそんな取り決めをしている友人の顔を思わず見てしまう。窓際の友人では声が聞こえていないのか目は合わなかったけれど。


「何言っているのよ!」


「でも、そんな堂々と聞いてくれて助かったな。

 私も産婦人科行くのって勇気ほしかったんだ。

 変に思われていたらどうしようって。

 でも、仲原さんがそう聞いてくれて恥ずかしいことじゃないんだなって……」


 ありがとう、仲原さん、そんな言葉すら聞こえてくる。仲原さん、言葉失っている。やばい、思わず笑いそう。ふ、ふふ。


「こんな廊下で何しているの?

 もうHR始まるよ」


「あ、先生!

 先日は話を聞いてくださりありがとうございました。

 すっかり体調も良くなって、勇気出していってみてよかったです」


「あら、本当?

 よかった。

 それで仲原さんたちは何をしているの?」

 

「え、あ、あの」


 まさかの先生登場。仲原さん、あんだけ派手に動いているのに先生たちには弱いんだよね。


「聞いてください!

 産婦人科って恥ずかしいことじゃなんだなって、仲原さんたちが教えてくれたんです」


「あら。

 それは素敵ね」


「あ、ありがとうございます?」


「ありがとう、仲原さん。

 やっぱり年頃だし、産婦人科行くのが恥ずかしい子いっぱいいるのよ。

 あ、ほら、HR始まるから戻って!」


 ちょうどチャイムが鳴る。慌てて教室へ向かわせようとする先生の言葉に、仲原さんたちも教室へと帰ってきた。どこか呆然とした彼女たちが面白くてつい、本当につい笑い声が漏れてしまう。

 きっと睨まれたけれど、だめ、もう我慢できない。私と同じ人はほかにもいるようで、次第に話が聞こえていた人はみんな笑っていた。


「何を笑っているの?」


「な、仲原さん、ナイス!」


「本当に。

 そうだよね、恥ずかしいことじゃないもんね」


「な、なんなの!?」


「ああ、さっきの話ね。

 まあ後ですればいいわ」


 そしてHRが終わった後、私から行かなくても仲原さんがこちらに来た。えー、さっき発言していたの私だけじゃないのに。


「な、なんなの!

 次はあなたを!」


「もういいじゃん、仲原さん。

 楽しい?

 それ。

 私まったく楽しくないんだけれど、高校生活」


 まあ、私も勘違いで勝手に委縮してたんだけど、というとまた笑いがこみあげてくる。それを見てまた仲原さんは顔を赤くしているけど、もう怖くない。


「まあ、確かにね。

 もう楽しくないし、やめようよ」


 お、これは意外。取り巻きその2が私の応援をしてくれるとは。ちなみに取り巻き立ちもそれに同調してくれる。それを見た仲原さんは顔を赤くさせたまま何処かへ走り去ってしまった。あー、まあそうなるか。


「あの、ごめんなさい、みんな」


 そして残された取り巻きたちはクラスメイトに向かって頭を下げた。その様子にクラスメイトは近くの人と顔を見合わせた。


「許す、とかじゃないけど……。

 でもおかげでクラスの団結が高まったのは確かなんだよね」


 ね、というクラスメイトに苦笑いでうなずく。間違いではないけれど、あんまりいい団結ではないよね。まあ、まあ、ということで。


「まあ、それに結果としていいことしてた? みたいだし」


 恐る恐るこくりとうなずく面々。


「ありがとう」


 これで仲直り、かな。なんというか予想外の結末だったけれど、これでこれからの学校生活少しは楽しめそう。


 ちなみにそのあとこそこそと戻ってきた仲原さんは、クラスの様子に戸惑っていて、それがまたみんなの笑いを誘っていました。

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