鞘元透ノ心の心算絡操帖

ぎざ

-1-《拡散の種》

「は……は……ぶわっくしょーーいしょいしょいっと」


 盛大にくしゃみをしたのは取り立ての助六すけろく、通称助さん。


「おい、やめやがれ、移すんじゃねーぞ」

 と、助さんをとがめているのが追い討ちの角衛門かくえもん、通称角さん。


 二人はこの城下町で取り立て屋を営んでおります。

 今日も一日中取り立てに精を出します。


「へへ、大丈夫だぁ。さっきそこのカミさんに咳止めをこんなにたくさんもらったからな」

 助さんの手には、確かに、たくさんの咳止めの束が。

「馬鹿野郎、くしゃみ止めるのに咳止めもらってどうすんだ。さっさと、読造よむぞうの野郎に取り立てに行くぞ」


 読造とは、明日が取り立て期限の百姓でした。取り立て自体は明日でも良いんですが、貸した額が額でしたし、前日から夜逃げの準備でもしていまいか、ちと心配になったもんですから、通り道ってのもありましたし、顔を見に行こうという話になったんです。


「おーぅい、読造。いるかー?」


「は、はい。どうしたんですか?」


 読造は返事をして、ひょこっと顔を出した。

 ちょうど玄関の障子の紙を張り替えているところだった。


「おぅ、明日が取り立ての期限だからな。様子見がてらに寄ったんだ。まさか夜逃げでも考えていやしまいかってな」

「そ、そ、そ、そんなこと考えていませんよ。ほら、今日もこうして障子の修理をしているんです。夜逃げを考えていたら、破れた障子なんて気にしないで放っておくじゃないですか」


「たしかに、そうだよなぁ。明日、二百両。きっちり耳を揃えて用意しとくんだぞ。は、は、ぶぁぁぁぁっくしょーーん」

「へ、へぇ」

 助さんのくしゃみにも怯えるような、おっかなびっくりで、読造は応じました。


「ちゃんといましたね」

「あぁ、荷造りしているふうも見えなかった。助六、明日は美味い酒でも飲むとしよう」

「そりゃあ楽しみだ!」





 しかし、翌日、読造の家に行ってみると、どうしたもんでしょうか。

 障子の一枚から、床板の一枚までも、全てが全て、何もなくなっているじゃありませんか。

 昨夜から明け方まで降っていた雨のしたたりが、家のあった場所の地面を濡らしています。


「こいつはどうしたものか。あいつの家がまるごとなくなっていやがる」

「角さん、夜逃げだ。これは、夜逃げだよ……」


「うるさい、わぁってらぁ!! 探せ! 探すんだ!!」


 こうして、くしゃみの音を響かせて、助さん角さんは城下町中を探し回ったそうだが、結局見つからなかったそうな。


「どうします? 親分にばれたら、尻叩きじゃあ済まねぇよ……、ぶあっくしょーい!!」

「あぁ! うるせぇ!! こんなことなら、昨晩から見張っておくんだった」


 城下町といえども、百姓が何千人と生活しています。中に誰が住んでいるかなんて調べていたら、ひと月あっても足りやしない。

「角さん、良いこと思いついた。先日、姫様の濡れ衣騒動を見事解決した、鞘元さやもと透ノ心とおるのしんに話を聞いてみるってぇのはどうだろうか」


 鞘元透ノ心という、勉強熱心な若者が、将軍の娘である姫様に降りかかった濡れ衣を見事晴らしたという報せを助六は思い出したのだった。頭のいい彼ならば、自分たちの災難も解決してくれるのではないか、と。


 藁をもすがりたい一心で、助さん角さんは急いで鞘元の家まですたこらさっさと走り、馳せ参じたのだった。


「たのもーう! 鞘元透ノ心はおるかー?」


「はい、私が鞘元透ノ心ですが、何故そんな急いで来られたのでしょう」


 現れたのは、まだ若い、十四、五の子供だった。姫様と変わらないくらいの年頃だろうか。

 こんな子供に夜逃げした読造の野郎の居場所がわかるというのか。

 角衛門ははなはだ疑問だったが、ここまで来てしまったのも事実。毒を食らわば皿までと、昨日今日あったことを事細かに話してみせた。


「かくかくしかじか、こういうわけだが、読造の居場所がわからないだろうか。とっとと奴から二百両取り立てないと、俺らの命が危ない」


 鞘元透ノ心は、ううむと考え込んだ。その間暇だったので、助六は手に持っていた咳止めの薬を煎じて飲んだ。にがい。と半分は外に吐いていた。

 その様子を見てひらめいたのか、鞘元透ノ心はこう言った。

「あなたがたの親分に話をしてください。あとひと月待ってください、と」


「どういうこった? もうひと月なんて待っていられるか」

 角さんは今にも透ノ心に殴りかかりそうな勢いです。

「ひと月待ってもらえれば、あなたがたが拡散した種が芽吹き、必ずや読造さんの居場所が日の元に晒されるでしょう」


「???」

 助さん角さんは透ノ心の言うことが理解できませんでしたが、透ノ心がしたためた文書を親分にそっくりそのまま見せたところ、そのままひと月待ってみよう、ということになりました。




 ~ひと月後~



 城下町のとある一軒が、とても賑やかでした。百姓が面白がってわめきたちます。

 なんと、城下町のとある一軒の障子紙に、植物が根を張っているじゃありませんか。

 太陽の光の元に晒され、障子紙ですくすくと育つ植物、これがとても奇妙で、百姓はこぞってそれを見に行きました。

 その輪の中にいたのが助六と角衛門です。親分から、言われていたことを思い出しました。『障子紙に植物が生えてきたら、その家が読造の家だ』と。


 最初は何が何だかわからなくて、親分は頭でもぶつけたのかと思いましたが、こうなると親分が全て正しかったのだと思うしかありません。

 助六と角衛門はただちにその家に上がり込み、読造に取り立てに伺います。


「おうおうおう、読造さんよぅ、ここで会ったが百年目だなぁ。年貢の納め時だ、きっちり耳をそろえて払ってくれよ。四百両をよぉ」

「に、二百両のはずじゃないか」


 読造はすっかり観念して、お手上げ状態です。

「ひと月待ってやったんだ。滞納料だよ。あと、逃げたことへの罰金だな」


 すっかり風邪も治ったのか、助さんも威勢がいいです。


 こうして、取り立て屋の助さん角さんは読造から貸した以上のお金を取り立てられて、おいしいお酒を飲みましたとさ。めでたし、めでたし。








 え? どうして鞘元透ノ心は、障子紙に植物が芽吹くことを予見できたのかって?


 それは、助さんが持っていた咳止めの薬……オオバコを見てひらめいたそうです。

 オオバコは煎じて飲むと咳止めの薬になりますから。


 オオバコの種は、濡れるとくっつき離れやしない。

 助さんがくしゃみで飛ばしたオオバコの種が障子紙にくっつけば、あとはお日さまの光を浴びてひと月もあれば立派に芽吹きます。

 障子紙をそっくりそのまま夜逃げで引っ越ししたのなら、その障子を探せばいい、というカラクリでした。


 これが本当の、助さんの種。いや、拡散の種。



 おあとがよろしいようで。。。



 完

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