宇宙タンポポ

緋色 刹那

宇宙タンポポ

 『宇宙タンポポ』をご存知だろうか?

 地球のタンポポにそっくりな、青にも緑にもピンクにも輝く、花の形状をした物質である。

 この宇宙の何処かでひっそりと咲き、時が来ると真っ白に変色し、無数の種子を放つ。

 種子は白く発光しながら宇宙へ拡散され、漂流している無数の塵と合わさり、やがて星になる。そして星の終焉と共に爆ぜ、新たな種子を宇宙へと放つ。

 種子が拡散していく瞬間を見た者には幸運が訪れるとも、不幸になるとも言われている。


 ダンテは地球で無実の罪を負わされ、永遠に宇宙を漂う『宇宙流刑』を執行された。

 流刑者は特殊な宇宙服に身を包み、必要最低限の食料や水、酸素などは地球から流刑者の体内へテレポートさせ、供給される。決まった時間に通信機を使って報告し、健康体を維持するために適度に運動するのが、義務だった。


 太陽系を出て、何年か経った時のことだった。

 ダンテの目の前に、丸い岩石のような小惑星が近づいてきた。小惑星のてっぺんには、綿毛のタンポポが咲いていた。


「あの花は何だ? 水も空気もない宇宙で咲いているなんて、変だな」


 ダンテは規定通り、手でフレームを作ってタンポポを撮影し、通信機を使って地球に報告した。


「こちら、CRIMINAL50-D。ダンテ・ライアン。正体不明の未確認物体を発見。画像を送信する」


『CRIMINAL50-Dを認証。報告を受諾しました。その場で待機していて下さい』


 AIの音声ガイドの指示に従い、宇宙服に搭載された小型ジェットを少量噴射し、その場で停止する。


 その時、1本の種子が風もないのにフワリと舞い上がった。

 それを皮切りに1本、また1本と種子がピカピカと瞬きながら、暗い宇宙へ放たれていく。膨大な量のタンポポの種子が小惑星から立ち昇る姿は、まるで天の川のようだった。


 ダンテは撮影する義務も忘れ、種子が拡散されていく光景に目が釘付けになっていた。

 ふいに、種子の1本が彼の眼前に着地した。ダンテは種子を払い除けようとしたが、種子から細く白い根がヘルメットへ伸び、取れなくなっていた。

 やがて根はヘルメットを突き破り、ダンテの左目を侵食した。左目の視力は失われ、何も見えなくなった。


「うわぁぁっ!」


 ダンテは悲鳴を上げ、もがく。しかし不思議と痛みはなく、出血もしなかった。

 左目を触るとフワフワとした小さな異物が眼球に付着していた。


『地球より、CRIMINAL50-D。検体を採取し、転送せよ』


 今度は人間のオペレーターがダンテに指示を出した。

 オペレーターにそう指示を出させた研究者は「宇宙タンポポ」を知っており、喉から手が出るほど検体を欲しがっていた。ダンテが送信した写真を見て、一目で「宇宙タンポポ」だと気づいた。


 ダンテの目に付着した「宇宙タンポポ」の根はさらに伸び、ダンテの脳を支配した。

 ダンテの意識は消え、代わりに別の何かの意識が通信に応答した。


「了解。これより検体を採取する。それと、ヘルメットが破損したので、修繕して欲しいのだが」


『……分かった。最寄りの無人探査船へ転送する。そこでヘルメットを修繕し、改めて現ポイント周辺宙域を探索するように。修繕が確認次第、追って連絡する』


「了解」


 報告を終えると、ダンテは「宇宙タンポポ」の種子をいくつか試験管へ回収し、ヘルメットの修繕のために転送された。


 しかし彼がこの宙域に戻ってくることはなかった。

 転送された無人探査船に、隠し持っていた「宇宙タンポポ」の種子を植えつけ、ハッキングすると、密かに地球へ帰還し、「宇宙タンポポ」が綿毛になるのを待った。


 「宇宙タンポポ」は平穏に成長するため、ダンテの弁護士に扮し、ダンテの無実を証明した。

 ダンテの家族は彼が無実だと知って喜んだが、ダンテでないダンテは無表情のままだった。

 

 彼の目的はただ一つ、「宇宙タンポポ」の種子を拡散させることだけ。


(終わり)

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