世界大戦は何処にありや?異世界は知らんと欲す

富鹿屋

第一章 飛ばされた部隊

飛ばされた部隊-1

 一九四五年 一月 横須賀港


 夜更けから降り続いていた雨は、昼過ぎにはみぞれになり夕方には雪に変わっていた。

 気温は零下二度。ここ横須賀では珍しい日中の氷点下という気象で、更には大型の低気圧が小笠原付近で停滞中だという。

 そんな分厚い灰色の雲が空一面に広がる中、横須賀港には輸送船団とその護衛艦艇が着岸・停泊していた。


 輸送船に次々と乗り込むのは新設された第九七師団主力の三個歩兵連隊で、その数約一万名足らず。

 各地の留守師団から抽出された兵員が主であり、師団には主力となる三個歩兵連隊の他には工兵隊、砲兵隊、衛生隊のみで編成された軽装備の師団であった。


 また各兵士が携行する武装に関しても、戦争末期の深刻な物資不足の中で陸軍は様々な銃器をかき集めた。

 三八式小銃や九九式小銃、鹵獲品の短機関銃…果ては工廠に転がっていた試作品の半自動小銃までが集めて配備された。

 一応、連隊ごとに弾薬の統一はなされていたが、それでも補給品を担当する将校は、補給品の多さに目を回しながら走り回っていた。

 

 そうまでして編成された師団の行き先は、小笠原諸島の南端に位置する要衝である硫黄島であった。


 日本はマリアナ諸島を失陥して以来、本土にはB29による空襲が始まっていた。

 しかし、硫黄島を本土空襲の早期警戒拠点として活用する日本軍は、硫黄島の対空監視所から事前に通報された内容に基づいて迎撃機を本土上空で待機させることが可能だった。

 米軍の戦闘機は航続距離が足りなかったので、護衛のための戦闘機を爆撃機に同伴させる事が出来ず、爆撃機の被害は増加していった。


 硫黄島が落とせるならば、戦闘機用の飛行場として、また爆撃機の緊急着陸場として活用できる。

 米軍の視点では、沈まない航空母艦…まさに『不沈空母』としての活用が見込まれていた。


 もっとも現状では、日本側の領土として最大限活用されており、米軍に占領されたマリアナ諸島への空襲の中継地点として、硫黄島は使用されていた。

 日米双方の戦略上で非常に重要な拠点として、硫黄島は注目されていたのである。

 しかし日本軍が居座る現状では、米軍にとって目の上のたん瘤であることに違いなかった。


 その硫黄島には、既に栗林忠道中将指揮の第一〇九師団が配備され、飛行場設営隊として上陸した海軍の部隊も合わせて約一万三千名の兵士が僅か二十数平方キロメートルの硫黄島にひしめき合っていた。

 陸軍参謀本部はそこに更に部隊を送り込んで、防備を盤石なものにしようという考えを持っていたのだ。


 そんな中、海軍も最後の大規模作戦になるかもしれないとして多数の予備艦を緊急復帰させた。

 燃料不足で本土に係留し警備艦・予備艦となっていた艦船をかき集めて、急遽護衛艦隊として組織した。

 以下が護衛艦艇と輸送船の一覧である。


 ・駆逐艦…冬月・竹

 ・軽巡…酒匂・北上

 ・重巡…利根

 ・空母…隼鷹・天城

 ・戦艦…長門

 ・輸送船…第一号輸送艦…十

      第百一号型輸送艦…十

      徴用民間船…五

      油槽船…二

      弾薬運搬船…一 

 

 大本営議会に海軍が提出した計画は、よく言えば「壮大」、悪く言えば「無謀無策」。この一言に尽きた。

 護衛艦と輸送船団の合計で三六隻の大輸送船団が出来上がったのである。

 輸送船の類は、度重なる米軍の空襲を何とか逃れて生き残っていた軍民の輸送船をかき集めた結果である。


 当初、陸軍は「戦艦は船団の護衛に不向きである」と断った。

 だが海軍は「戦艦長門は硫黄島近海で座礁させ浮き砲台とする」と強く推したため、陸軍も断り切れずに参加が決定した。


 また参加が予定されている複数の艦艇は、米軍艦載機の空襲を受けたり、移動中に潜水艦の雷撃被害をこうむっていた。

 しかし海軍は、海軍工廠から技術工を多数乗せて修理作業しながら航行することを決めており、既に準備を済ませていた。


 燃料に関しても、枯渇寸前と言った感じだったが各地の無事な燃料タンクの底をさらってまで艦隊用の燃料を稼いでいた。

 これには陸軍も唖然としたが、既に米軍が日本各地の港にバラ撒いた機雷の影響で駆逐艦や潜水艦と言った軽快艦艇も動く場所を失っており、そのまま腐らせるよりあるだけ使ってしまえということだった。


 そうまでして生き残りの艦艇を参加させる意図…この時期海軍は、艦艇の死に場所を探している風潮があった。

 戦闘中に被弾して沈没するならともかく、港に係留された状態で空襲によって艦艇が破壊されていくのは、船乗りにとってしてみれば耐え難い苦痛であったのだろう。


 そこに来て大本営から硫黄島へ陸軍部隊の増援派遣計画が持ち上がった。

 海軍としてはまさに千載一遇の好機で、これ以上ない事でありすぐに動かせる艦艇の把握や、兵の動員を取り付けた。

 艦艇派遣計画を持ち込まれた大本営議会で陸海軍の将官たちが喧々諤々の議論を続けたが、なんとか軍令部は計画を認めさせることに成功した。


 しかし、三十隻以上の大船団での移動は日中では危険すぎるという事で、主に夜間の移動ということになった。

 それでも輸送船は鈍足で硫黄島までは四十時間以上掛かる見通しであり、途中で捕捉される可能性が高かった。

 そのため第八〇一海軍航空隊所属の二式大艇が、その航続距離を生かして(滞空時間は二四時間以上)船団の前路警戒任務にあたる事となった。

 

 空母に乗せる艦載機隊についても、各地の海軍練習航空隊から多数の教官と優秀な訓練生を抽出し、第六〇六海軍航空隊として新編成された。

 しかしながら、いくら優秀と言えど太平洋戦争末期の飛行訓練生は一度も空母へ発着艦した経験がなかった。

 発着艦訓練させようにも外洋に空母は出られず、また艦艇用の燃料も不足していたからだ。


 そのため陸上基地において空母の飛行甲板を模した場所を用意し、その場所での離発着訓練を二週間に渡り昼夜を問わず繰り返した。

 猛訓練と選抜の結果、一応の合格がもらえた訓練生のみが今回の作戦に参加している。

 選抜された訓練生の平均飛行時間は一〇〇時間ほどであった。戦争が末期に近づくにつれて、精鋭を誇った日本海軍の搭乗員の技量もそこまで落ちてしまっていたのである。


 そして増援派遣決定から二ヶ月後の今日。

 帝國陸軍第九七師団は、横須賀に集結完了した。

 兵士たちが次々と輸送船に乗り込む中、桟橋の先端で一人の陸軍将校が一点を見つめながら煙草を吸っていた。

 そこに近づく兵隊が一人。


 「澤村中尉、中隊の乗船が完了しました。三十分後に出港します」


 背後からの声に振り返りもせず、澤村と呼ばれた将校は口から紫煙を吐き出す。

 そして見つめていた一点に指を差し向けた。 


 「軍曹、見てみろ。大きいな…」

 「あれは…長門ですか」

 「そうだ。大和が完成するまでは世界に誇る大戦艦だった。それが今じゃ…」

 「中尉…。それでも我々を護衛するふねには違いありません」

 「"護衛完了後には硫黄島の浅瀬に座礁させ浮き砲台とする"か。海軍もいよいよ極まったな」


 澤村は、吸いかけの煙草を桟橋から海へ投げ捨てると軍曹の方へ振り返った。

 軍曹は、澤村の三歩ほど後ろでこちらを見つめていた。


 「真田。お前とも長い付き合いだったな」

 「自分が香港で伍長だった頃からの付き合いです。中尉は、あの時はまだ見習士官でしたね」

 「あの頃は右も左も分からない新米だったな…。だが、今回で最期だろうな」

 「はい。最期です」


 真田と呼ばれた軍曹と、澤村中尉の二人は物悲しい雰囲気で言葉を交わすと、着岸している輸送船へと向かって歩き出した。

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