埋葬

@araki

第1話

 校庭の片隅、その硬い地面にシャベルを突き刺し、土を放り投げる。その繰り返し。代わり映えのない単調作業は異様に身体を疲れさせるものらしい。

 気づけば、頭上には月が昇っている。こんな時間まで学校に残ったのは二年間の学生生活で初めてのことだ。

「早くしてよ。夜になっちゃったじゃない」

 そばでしゃがみ込む霞が不満げな声を漏らす。

『ちょっといい?』

 自販機に誘うような調子で俺を誘ったのは彼女だ。こんなことなら教室で友人と無駄話をしていた方がよかったかもしれない。

「少しは手伝えよ。なんで俺だけがあくせく働かなきゃならないんだ」

「手伝ってるじゃない。ほら」

 霞は手に持っていたスコップで足元を指さす。見れば、そこには小さな窪みができている。それが何の足しになるというのか。

「大体、深く掘れって言ったのはそっちだろ。正直、俺はこんくらいで充分だと思うんだが」

「言ったじゃない」

 霞は小さくため息をつくと、手の物で地面を突いた。

「ここはカプセルの埋め場所なの。ものの弾みで掘り返されちゃったら困るでしょ」

 タイムカプセルを埋めるため、そう言って霞はこの場所の利用許可をとりつけたと聞いた。そうした企画を立てるグループは多かったようで、辺りにはいくつもの築山ができていた。

「まあ、そんな見つかったら困るモノを埋めんなって話だけどな」

「提案に乗ったんだからあんたも共犯。大人しく手を動かして」

「へいへい」

 俺は気のない返事で応えて作業を再開する。

 しばらく掘り続ける。すると、霞がおもむろに立ち上がり、穴を覗き込んできた。

「そろそろいいかな」

 霞は近くに植えられた木へ向かう。その根元に置かれた布袋を掴むと、そのままこちらへ戻ってきた。

「かなり詰め込んだな」

「この一年が入ってるからね」

 はち切れんばかりに膨らんだ袋は表面が凸凹している。浮き出るその形状は様々で、中身を窺い知ることはできない。

 ただ一つ、袋の口からテーマパークのつけ耳が顔を覗かせていた。

「別に埋める必要はないと思うけどな」

「黙ってて。もう決めたことだから」

 霞はしゃがみ込むと、布袋を穴に突っ込む。袋は予想以上に大きかったようで、広く空けたはずのスペースをほとんど埋めてしまった。

「土かけちゃって」

「あいよ」

 俺は彼女の命に従って袋に土をかけていく。

 手を動かしながら、俺はずっと思っていたことを尋ねた。

「ゴミの日に出すとかじゃ駄目だったのか?」

「………」

 無言でこちらを睨みつけてくる霞。しばらくして、彼女はため息をついた。

「別にあの人が嫌いになったわけじゃないから。ただ、気持ちの整理がついてないだけ」

 霞の彼氏は今日の式でここを卒業した。今年から通う大学は遠く、だから別れてほしいと言われたらしい。それですんなり受け入れたそうだ。

「らしくないな。なら、別れなきゃよかったじゃないか」

「なに、焼いてるの?」

「まさか」

 悪戯めいた笑みを見せる霞に、俺は肩をすくめる。

 霞と俺は単なる腐れ縁だ。家が偶々近かったというだけ。だからこの一年、遠巻きに眺めていても平気な顔でいられた。

「未練とかじゃないの。ただ、分からないだけ」

「なにが?」

「私が本当にあの人を好きだったのか」

 霞は小さく苦笑を漏らした。

「引っ越すから別れてって言われた時、仕方ないなって許しちゃったのよね」

「ふぅん」

「一年間一緒にいてそれってあっさりしすぎてると思わない? だから、あれが恋だったのかいまいちよく分からないの」

「あっそ」

「だから埋めとくのよ」

「は?」

 俺は眉をひそめて霞を見る。彼女はしゃがみ込んだまま、じっと布袋を見つめていた。

「しばらくほっといて、答えが出たら掘り返すの。一〇年くらいしたら多少のことは分かってると思うから」

「まどろっこしいな。なんでそんなこと――」

「だって」

 霞が顔を上げる。その瞳はかすかに揺れていた。

「悔しいじゃない。これで終わりなんて」

「……そうかい」

 それ以上何も言わず、俺は黙って作業を続ける。

 土が穴を埋めていく。やがて、そこは周囲の地面と変わらぬ場所となった。

「ご苦労さま」

 霞はおもむろに立ち上がる。スカートについた土を払いながら、彼女はついでのように口にした。

「約束通りお礼するけど、何がいい?」

 そんなもの、端から決まっている。

「明日空いてるか」

「? まあ」

「なら、ここ行こうぜ」

 俺はポケットから一枚のチケットを取り出し、霞に差し出す。それを見た途端、彼女は顔をしかめた。

「……傷口に塩を塗る気?」

「こういうのは荒療治がいいんだよ」

 つけ耳しこたま買ってやるよ、と俺は嘯く。

 ――一〇年なんて待たせてやるもんか。

 この一年、最高の気分転換をさせてやる。そう心に決めていた。

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