第六章 第二十六話「なんか大変なピンチです!」
足元の様子は先ほどまでと打って変わり大きな岩がゴロゴロと地面に埋まっていて、その間をすり抜けるように進んでいく。
雨で岩が濡れているので、転ばないように慎重に足を下ろす。
千景さんの足運びは丁寧で、後ろを歩いているだけで安心できた。
このまま何事もなく進むかと思われた矢先、木々の間から見えたのは異様な光景だった。
五竜さんが力なくうずくまっていて、
つくしさんは、見知らぬおばあさんの前でオロオロしていた。
「あぅ……? これは一体……」
「……何が起きたんだ?」
訳も分からず、私と
すると、千景さんがなにかに気付いた。
「おばあさん……怪我、かも」
よく見ると、たしかに辛そうな顔で右足をさすっている。
ただ見ているわけにもいかないので、私たちは五竜さんたちの場所まで坂を下りて行った。
△ ▲ △ ▲ △
地面はさっきと変わらず狭い坂道で、岩が多い。
すれ違う余裕もないので、五竜さんたちに近寄るのもむずかしかった。
「あぅ……。どうすれば……」
「と、とりあえず広くて安全な場所にみんなで移動しよっ」
「う……うん。……ここは、狭くて危ない」
その声でつくしさんは顔を上げると、ハッとしたように大きくうなづき、五竜さんと両神さんに移動を呼びかける。
おばあさんは痛みで動けないようなので、とっさに美嶺がザックを下ろし、おばあさんを背負って安全な広い場所まで下って行った。
「ひとまずみんな、手分けをしてそれぞれの状態を確認しよっか」
ほたかさんの呼びかけで、私たちは散らばる。
明らかに怪我をしているおばあさんのところには美嶺が駆け付けた。
こういう時に、応急処置法を知っている美嶺は本当に頼もしい。
「出血はなさそうっすね……。服の外から見ただけじゃ、骨折か
「ごめんなさいねぇ……。こんなおばあちゃんのせいで、みんなを困らせてしまって……」
「山は助け合いが大事って、教えてもらってるんで! 気にする必要はないっすよ!」
美嶺はニッと笑い、おばあさんを励ましている。
「それよりばあちゃん、靴は脱げそうっすか? 足の状態もちゃんと確認したいし、たぶん靴を脱いで足首を固定したほうがいいっす」
「そうだねぇ……。脱げそうだよ……」
「了解っす。うちの救急箱にも、使えそうなテープがあったはず……」
美嶺はそう言ってザックをまさぐると、救急箱から茶色と白のテープを一巻きずつ取り出した。
「それは何に使うの?」
「白いほうは非伸縮性のホワイトテープで、茶色いほうは伸縮性のあるキネシオテープ。応急処置だから……ひとまず固定用のホワイトテープでいいかな」
二つのテープを見比べた後、茶色いほうは救急箱にしまう。
「……ましろ、足の固定に使えそうな枝とか、探しておいてくれないか?」
「わ、わかった!」
私はうなづき、林の中を見回す。
幸いにも木が多いので、使えそうな枝はすぐに何本も見つかった。
ほたかさんは松江国引高校のメンバーに寄り添っている。
双子の両神姉妹は落ち込んだ様子で、ずっと涙ぐんでいた。
「両神さんは、二人とも痛みはない?」
「ひぐっ……ひぐっ……」
「ふえぇぇぇ……」
「五竜さん、つくしさん。……何があったの?」
ほたかさんが聞くと、うなだれていた五竜さんが口を開いた。
「……やむを得ない事故ですよ。おばあさんとわたくし達がすれ違おうとした時、おばあさんは気を使って道の脇にどいてくれたのです。……しかし、その足元の岩が崩れて、転がってしまい……」
そして大きなため息をついた。
つくしさんは五竜さんの言葉に続くように教えてくれる。
「岩が下を歩いてた
凪さんとは、両神姉妹の一人の名前だ。
二人の話を聞いたところ、それは本当にやむを得ない事故だったと思える。
事故現場を見上げると、たしかに細い山道の真ん中を邪魔するように、バスケットボールよりも何割かは大きな丸い岩が転がっていた。
「……きっと、雨で地面が緩んでたのかもしれないね」
ほたかさんが言うと、五竜さんは首を横に振った。
「わたくしの判断ミスです。先を急ごうとするあまり、すれ違う余裕のない場所でおばあさんを立ち止まらせてしまった……」
五竜さんは悔しそうに歯を噛みしめている。
いつもは余裕のある彼女の、意外な一面を見た気がした。
「そっか……。ひとまず両神さんたちに怪我がないのはよかったよ。涙をぬぐってっ」
ほたかさんはウェストポーチから小さなタオルを取り出し、両神さんたちに差し出す。
しかし姉妹はタオルを受け取ることなく、弱々しく首を振る。
「……違うんです。こんなことになるなら、私に岩がぶつかったほうが良かった……」
ぶつかったほうがよかった……?
その言葉の意味が分からない。
私が首をかしげていると、美嶺と千景さんがやってきた。
「ばあちゃんの応急処置は終わったっす」
おばあさんのほうを見ると、おばあさんの頭の上に黄色い屋根ができていた。
よく見ると、その黄色いシートは『ツェルト』と呼ばれる簡易テントだ。いつだったか、千景さんが部室で隠れてしまった時に使ったもので、懐かしくなる。
ロープを近くの木に結び、そのロープに引っ掛けるようにツェルトをかぶせて屋根にしているのだ。
「すごい! 雨宿りできるようになってる!」
「伊吹さんのおかげだよ。ツェルトってこういう使い方もできるんだな。おかげで、ばあちゃんも濡れずに応急処置ができた」
おばあさんも屋根の下で「本当にありがとうねぇ」と、深々と頭を下げてくれる。
「……でも、歩けないっすね」
「うん。救助と、誰かの付き添いが……必要」
それは見るからに明らかだった。
登山で足は生命線。
痛めてしまえば、無理に動くとさらなる事故につながりかねない。
しかし今は大会中で、しかもチーム行動中。選手だけしかここにいないのだ。
いずれ役員の先生がやってくるかもしれないけど、どれだけ待てばいいのか、さっぱり分からなかった。
途方に暮れていたとき、五竜さんが顔を上げた。
「付き添い……ですか。……わかりました。わたくしがここに残りましょう」
「え? 五竜さんが?」
誰よりも勝利を目指しているはずの彼女なので、その言葉は意外だった。
確かにここにいる誰かが残ることになるかもしれないけど、五竜さんが自ら名乗りを上げるのには違和感がある。
そんな私の疑問を察したのか、五竜さんは足を高く上げた。
「わたくしも、もう歩けないからです」
五竜さんのはいている登山靴……。
その靴底が、大きく剥がれていた。
「私を助けたとき、天音さんの靴が壊れちゃったんです……」
両神姉妹の一人……おそらく凪さんが、涙ぐみながらつぶやく。
ようやく彼女たちが泣いている理由が分かった。
自分を助けたせいで仲間の靴が壊れて歩けなくなったとしたら、私だって悔しくて仕方ないだろう。
ライバルの身に起こった災難に、私も動揺が隠せなかった。
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