第三章「ペンは剱より強し」
第三章 第一話「お茶会はプリンと共に」
「一緒に……食べよう」
部室でくつろいでいるときに
カップにはプラスチックの蓋が付いており、側面には「カフェ山百合」と書かれたロゴが印刷されている。
ドライアイスの入った発泡スチロール製の箱の中には、同じプリンが四つ詰められていた。
「もしかして、これって……?」
「母の、手作り。うちのお店の……人気メニュー。昨日の、お礼」
お礼と聞いて、昨日のことを思い出す。
恥ずかしい思いをさせてしまったことを千景さんに謝り、自分の気持ちを伝えた勢いで「友達になってください」と言ってしまった。
そのことを思い出すだけで、顔から火が出そうなぐらいに赤面してしまう。
昨日の夜だって興奮のせいでなかなか寝つけず、今も頭がふわふわと夢心地のままだった。
笑って並んでいるほたか先輩と千景さんを見ることが出来るなんて、それこそ夢のようだ。
千景さんがあんなに頑なに閉じこもっていたテントは片付けられ、部室も元の広さを取り戻していた。
「千景ちゃんが出てきてくれたのはうれしいけど……。ねぇねぇ。本当に何があったの?」
ほたか先輩は何度も聞いてくるけど、この問いには絶対に答えられない。
千景さんを想ってとはいえ、マンガみたいな臭いセリフを吐いてしまったのだから……。
「いやぁ……。ねえ、千景さん。えへへ」
言葉を濁しながら、「絶対に秘密ですよ」の
「……別に、なんでもない」
そう言いながらも、千景さんは少しだけ頬を染めて、照れているようだ。
「んも~っ! ずるいよぉ! お姉さんに秘密にしてるでしょ! 怒っちゃうよ~っ」
ほたか先輩は頬を膨らませて「ぷんぷん」と可愛らしく怒りながら、テーブルにプリンを並べていく。
そうして四つ並べ終わった先輩は、そわそわしながら扉と時計を見比べはじめた。
「
「高校生の頃、母は『
「『無冠の百合姫』……。なんですか、その凄そうな二つ名っ!」
千景さんのお母さんの名前は『
ピンク色の髪の毛で笑っている百合香さんを思い出すと、本当にマンガの中から飛び出してきたように思えてくる。
「千景ちゃんのお母様は
うちの家庭部のエースというと、あの料理上手の小桃ちゃんでさえ恐れる、部長級の凄腕だ。
その言葉を聞くと、目の前のプリンがものすごく輝いて見えるようになった。
「あぅぅ。……食べませんけど。食べませんけど、香りだけ……」
プリンのカップの蓋を開けて鼻を近づけると、ほのかに甘い香りが感覚を包み込み、よだれが止まらなくなってしまった。
「も~、ましろちゃん。せっかちさんだよぉ~」
「飲み物でも……
千景さんがそう言って席を立とうとしたので、私は慌てて立ち上がった。
「いつも淹れてくれますから、今日は私がっ!」
私はあふれ出る唾を飲み込んで、二人の返事を待たずに、部室の奥に置いてあるポットに向かう。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうっかな! お姉さんは甘~いミルクコーヒーがいいなっ」
「ボクは……ミルクティー」
「わかりましたっ!」
私は元気よく返事をすると、戸棚からステンレスのマグカップを取り出し、コーヒーと紅茶をセットする。
自分の飲み物について少し悩んだが、今日は千景さんと同じくミルクティーにすることにした。
戸棚の中にしまってあるコーヒーフレッシュの小さな容器を取り出そうとした時、千景さんが声を上げた。
「あ……。ミルクは、これを使って」
そう言って千景さんが自分の鞄から取り出したのは、手のひらに収まるぐらいの小さな牛乳パックだった。
「わかりましたっ。……でも冷蔵庫に入れてなくて、大丈夫なんですか? 牛乳だし……」
「問題、ない。常温保存……できるものだから」
よく見ると、確かにパックには『常温保存可能品』と書いてあった。
「すごい。こだわりがあるんですね! 牛乳がお好きなんですか?」
そう尋ねると、千景さんは少し恥ずかしそうにうつむき、小さい声で答えた。
「牛乳は……背が、伸びるから。紅茶にも……お、多めで」
可愛い!
モジモジしている千景さん、可愛い!
あまりの可愛さに勝手に抱きしめようとしてしまう腕を、私は理性で必死に食い止める。
一見すると小学生にも見える背の低さだけど、千景さんはやっぱり気にしてたんだ。
ああ、言えない……。
背の低いお母さんと千景さんは双子のようにそっくり。
もう背は伸びないかもしれないなんて、絶対に言うことはできない……。
むしろ、何もツッコまずにオーダーを聞くのも、友達というものだ!
私はたっぷりの牛乳でミルクティーを作り、満面の笑顔で千景さんにお出しするのだった。
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