第二章 第四話「筋肉はすべてを解決するんだよ!」
「うん! 体を動かすと頭もスッキリするでしょ? 筋肉はすべてを解決するんだよ!」
とってもいい笑顔で、ほたか先輩は力こぶを作り上げた。
細くてきれいな腕に力強い隆起が現れる。
一糸まとわぬ体を見ると、全身も無駄なぜい肉のない美しさで包まれている。
「ええっと……。うん。そうですね……!」
私は笑顔でうなづきつつ、頭を冷やそうとシャワーの温度を下げる。
ヤバイ。
ほたか先輩って、生粋のトレーニングフェチでもあったんだ。
重い荷物を持つのだって、皆のためとか無理してるとかじゃなく、普通に楽しんでたんだ。
ほたか先輩って笑顔がまぶしいし、ボディビルダーになっても完璧なステージを演出しちゃうに違いない。
全身を照り輝かせながら筋肉を披露する先輩を想像してしまい、私は慌てて筋トレを制止した。
「あ、あのぅ。あんまり鍛えると、ムッキムキになっちゃいますよ?」
「大丈夫! 筋肉はなんでも解決してくれるから! うちの校長先生なんて、すごいんだよ! 全身が鎧のようなの。体づくりの参考に、お話を聞くといいよ!」
「あぅぅ……筋肉で世界を獲るつもりなんですかぁ~?」
先輩の好きなことは尊重したいけど、あまり鍛えすぎないでくれると嬉しいな。
そりゃあ私だって、筋肉の絵を描くのは大好きですよ?
正確な人体を描くためには、骨格と筋肉の理解は欠かせないので。
でも私、ほたか先輩は今ぐらいの体つきがちょうどよく似合ってると思うんです!
私は声に出せない思いを胸に秘め、ほたか先輩の手からボトルを奪い去る。
すると、援護射撃のように千景さんもほたか先輩の腕をつかんだ。
「ほたか、筋トレはやめて」
「千景さんの言う通りですよ!」
「トレーニング後は……しっかり休める。筋肉の発達が、悪くなる」
「アドバイスしなくていいですよ!」
「お姉さんとしたことが、超回復を忘れてたよ~」
「あうぅ~! 先輩はいまの体が
私の絶叫がシャワー室の中に反響する。
そして声が消えた後に残ったのは、降り注ぐシャワーの音と気まずい静けさだけだった。
なんか、最後に余計なことを口走った気もするけど、たぶん気のせい。
ほたか先輩がちょっと顔を赤らめてる気がするけど、絶対に気のせいだから!
私は荒ぶった呼吸を整えながら、何事もなかったように真面目な顔を演じようとする。
それなのに、ほたか先輩はモジモジしたままだ。
「今のお姉さんぐらいが好きならね、たぶん
「あうー。そそるって言葉自体は、別にエッチな意味じゃないんですよ! 涙をそそるとか、食欲をそそるとか、興味をそそられるとか言いますし!」
「つまり、食べちゃいたい、と?」
「言ってませんよぉ! ……っていうか、『みれいちゃん』って誰なんですか? 私、初耳ですぅ!」
これ以上、私の失言を掘り下げられるのは困る。
私は慌てて、矛先を他に向けることにした。
すると、千景さんが小さな声で
「
「え。剱さんって、『みれい』って名前だったんですか? ……なんか可愛いというか、アイドルにいそうな名前ですね」
私はついつい、想像してしまう。剱さんがにらんだ顔のままで、フリフリの可愛い衣装を着て踊っている姿を。
ずっと苦手意識を持っていたけど、見方を変えれば親しみやすくなるのかもしれない。
「う~ん。アイドルかどうかは分からないけどね、お姉さんは山にちなんだ名前かなって思うの。美しい
「少なくとも、美嶺さんは立派な山の足を持ってる」
千景さんは鋭い目つきでつぶやいた。
高らかに筋肉へのこだわりを
登山部って実は筋トレ部なんじゃないかと私が疑い始めていた頃、ほたか先輩が何かを思い出したように声を上げた。
「山の足で思い出したよ! 登山靴を買わなきゃ! ましろちゃん、靴はないんだよね?」
「は、はい……」
「靴は早めに買って、足になじませたほうがいいんだよ! さっそく買いに行こう。次の土曜日にでもどうかな?」
登山靴を買うことについては親の了解ももらえている。
昨日の帰宅後に話したときにも、お父さんはとても喜びながら「いい靴を買え!」と言っていた。
「はい、大丈夫です。いろいろと教えてもらえると嬉しいです」
「うん、一緒に行こうね、山道具屋!」
ほたか先輩は弾むような声で私に抱き着いてきた。
裸の肌と肌が触れ合って、とても恥ずかしい。
ほたか先輩はやっぱり密着しすぎだ。
そのとき、千景さんがおずおずと手を挙げた。
「あの……ボクは都合が悪いから、ほたかに任せる」
「わかってるよ! 大丈夫。お姉さんにま~かせて!」
ほたか先輩が自信ありげに胸を叩いたので、千景さんは安心したように微笑み、コクリと静かにうなづいた。
部活初日ということで不安と緊張があったけど、先輩たちは二人とも優しくて、嬉しかった。
今までさんざん部活を嫌がっていたけど、なんだか続けられそうな気分になる。
暖かなシャワーは私の心をほぐす雨となって、心にしみわたるようだった。
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