第五章 第十二話「計画書の総仕上げ。そして……」
今以上に変態だと思われたら、写真を撮らせてもらえなくなるかもしれない。
本当はもっともっと写真が撮りたいけど、グッと我慢して鉛筆を握った。
「じゃあ、描きますよ~っ!」
みんなが見守る中、真っ白の紙に鉛筆を滑らせていく。
絵柄はヒカリさんをモデルに一度描いたばかりだし、みんなの特徴だってしっかり頭に入っている。
私を含めた四人の登山部員。
衣装はもちろん、大会用のユニフォーム。
「すごい。こんなに早く……」
千景さんは驚いたように目を見開き、走るペン先を見つめ続けている。
そう言えば、千景さんに絵を描くところを見せるのは初めてかもしれない。
デフォルメイラストは人体のバランスが崩れにくいので悩みも少ないので、私は一気に描き上げた。
「よし、下書きが完成です!」
その言葉と共に、みんなの感嘆の声が漏れる。
「オタクっぽくもないし、可愛いし、アタシは最高だと思う!」
「えへへ……。こんなに可愛く描いてもらえると、うれしいよぉ」
「うん。すごく、いい」
その声に包まれ、私はニヤニヤが止まらなくなってしまった。
実は、四人の並び方は以前に描いたちょっとエッチな百合イラストと同じ構図なのだ。
四人をひし形に並べ、私が中央の下段、ほたか先輩がその真上。千景さんと美嶺が私の左右を挟んでいる。
全員が私と接しているのが大事なポイントだ。
ポップでシンプルな印象の絵柄にしたので、私のひそやかなコダワリは何とかバレずに済んでいるように思えた。
……思えていたのだが、美嶺がニヤニヤしながら絵を指さした。
「へへへ……。ちゃんとアタシと隣だな。全員が頬を赤らめてるっぽく描かれてるのは、ちょっと恥ずかしいけどな……」
その指摘を受けて、初めて私は気が付いた。
頬っぺたに斜線を書き込み、明らかに赤らめている記号になっている。
目元もなんだかエッチな感じがにじみ出ているし、見ようによっては、全員が欲情しているようにも見えた。
「あぅぅ……。つ、つい癖で! 変だよね。直すよぉ~!」
とっさに直し、なんとか健全で無難っぽくまとめてみた。
色々と危なかったけど、こうして無事に下書きが完成したのだった。
△ ▲ △ ▲ △
絵を仕上げる作業は時間がかかるので、ひとまず今はそれ以外の作業を終わらせることにした。
ほたか先輩の指示に従って、残りのページを入力していく。
最終的な印刷は学校のコピー機を使うそうなので、今は原本となる一冊目のデータをプリントアウトすれば、作業はひと段落するらしい。
「ほたか先輩。これでほとんどのページは印刷できました! 装備表については分担を空欄のままで印刷すればいいんですよね?」
「うん。重量についてはそれぞれの体力も踏まえて決めたいから、お姉さんのほうで後で書き込むことにするね。……えっと、印刷代はいくらになるのかな?」
「え? ……そんな、いいですよぉ! 紙は数円程度だし、インクもほとんど減ってないし、作業も部活の一環なので……」
むしろ、この程度で金額を割り出すほうが大変かもしれない。
「じゃあ……手の、マッサージを」
そう言って、千景さんがおもむろに私の手を握った。
細やかな指使いで手のツボを刺激し始める。
「え……千景さん! あ、んっ……あふぅ……。き、気持ち良すぎますよぉ……」
「まだまだ。……親指の付け根に、コリが」
「お、おい。ましろ……そんなに気持ちいいのか?」
気持ちいいなんてものじゃない。
千景さんのきれいな指が私のプニプニしてる手をもみほぐす。
その天上の心地よさを例える言葉が見当たらない……!
「あぅぅ……。溶けりゅうぅぅううぅぅ……」
「伊吹さんの指って……すごいっすね」
「千景ちゃんのマッサージは、先輩たちにも好評だったんだよ~」
そうか、この快楽を陽彩さんたちも味わっていたのか……。
千景さんのマッサージは、労働の対価としては十分すぎるものだった。
△ ▲ △ ▲ △
「ああーっ! お姉さん、忘れてた……っ!」
計画書のプリントアウトが終わった頃、中身をチェックしていたほたか先輩が悲鳴を上げた。
「ほたか、どうしたの?」
「大会で食べるご飯のメニュー、考えてなかった……。三食を二日分……」
「大丈夫っすよ。今からパッと考えましょうよ」
二日分となると、合計で六食だ。
そう言えば、以前のキャンプで千景さんから『牛乳系のメニュー』をリクエストされた時、シチューしか思い浮かばなかったことを思い出した。
「あのぅ……。家庭部にいる私の友達に相談すれば、きっと素敵なアイデアをもらえると思うんですが……。どうでしょう?」
「友達って、小桃だよな? この間、リラックス効果があるって言うパウンドケーキを持ってきてたけど、すげえ美味かったな!」
小桃ちゃんは、家庭部で作ったお菓子をみんなによくふるまってくれている。
五竜さんに宣戦布告されてビビっていたのを心配してか、昨日も『チョコとバナナのマーブルチーズケーキ』を焼いてくれたのだ。
「ひょっとして、バナナのケーキ?」
「伊吹さんも知ってるんすか? 美味いっすよね!」
「うん。……とっても」
同じケーキを、倉庫に閉じ込められた時に千景さんも食べた。
あの味を思い出しているのか、千景さんはとても幸せそうに微笑む。
その笑みを見て、ほたか先輩は大きくうなづいた。
「じゃあ、その小桃ちゃんに相談してみよっか。お姉さんもそのケーキ、食べてみたいなぁ~」
「わかりました。じゃあ、連絡しておきますね!」
「うん、お願いっ!」
ほたか先輩がそう言った瞬間、どこからともなく「ぐぅ~~」という音が響き渡った。
そして、ほたか先輩が恥ずかしそうにお腹を押さえている。
「えへ……。もう夕ご飯の時間だもんね……。ましろちゃんの家も夕ご飯だろうし、今日はこのぐらいで帰ろっか」
「げっ。もう七時っすか……」
「美嶺の家は遠いし、うちの親に頼んで、家まで送っていくよ~」
ほたか先輩と千景さんは自転車があるけど、美嶺は歩きだ。
私の家から歩いて帰ると、帰宅は夜の九時近くになってしまうだろう。
美嶺も「悪いな……」と言いつつ、私の提案に甘えてくれることになった。
その直後、私はふとパソコンの画面を見て気が付いた。
計画書のデータが入ったディスクがパソコンに入ったままだ。
「あ。ほたか先輩、待ってください。計画書のデータが入ったディスクをお返しします!」
私はディスクを取り出すために、開いていたファイルを閉じていく。
すると、ウィンドウに隠れていたフォルダが目に飛び込んできた。
『登山部のみんなへ』
フォルダ名にそう書かれている。
なにげなくフォルダを開いてみると、中には『卒業生からのメッセージ』と書かれた一つの動画ファイルが入っていた。
サムネイルには陽彩さんが映っている。
「ほたか先輩と千景さん。……なんか、陽彩さんからのメッセージが入ってますけど……」
「メッセージ?」
千景さんは首をかしげる。
「ええ。なんかビデオメッセージ的な感じですね。見ますか?」
「もちろんだよ~~っ! 陽彩先輩、そういえばこのディスクを渡してくれるときに『大事に見てみて』って言ってたけど、そういうことだったんだね!」
すでに帰り支度の終わっていたみんなも、再びモニターの前に集合する。
みんなの視線が集まったことを確認し、私は動画ファイルを開いた。
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