第四章 第十六話「学校でキャンプするのよぉ~」

「明日から一泊、合宿するわよぉ~!」


 部室の中であまちゃん先生の声が響き渡った。

 唐突な提案に、部員一同はあっけに取られてしまう。


「え……。あまちゃん先生、何言ってるの? 明日も明後日も平日だよ?」

「分かっているわぁ~。そ、し、て……そんなあなたたちこそ分かっているのかしら?」

「なにがっすか?」

「県大会はあと二週間後なのよぉ! それなのにテントも一〇分以内で張れてないし、お米を炊く練習もできてないのよ? この状況をあせらずして、どうするのかしら?」


 あまちゃん先生は真剣な目で私たちの顔を見回す。

 確かに今まではなんとなくトレーニングだけを続けていただけだし、テントを張る練習を忘れていたのは事実だった。


「でも天城先生……。さすがにいきなりだとキャンプ場の予約は取れない……っかな?」


 ほたか先輩も急に言われたせいで、困っている。

 しかしあまちゃん先生はあっけらかんと答えた。


「学校でテントを張ればいいじゃな~い」


 学校でテントを張る。

 校庭や中庭、校舎の裏……少なくとも土の地面の上でやるのだろうけど、どの場所も生徒の目があって目立つに違いない。

 注目を集めるのは必至だった。


「あぅぅ……。部活中の人がいっぱいいる中でテント張るのは恥ずかしいですよぉ……。ペグを打つ音も結構響くし……。裏山でやりませんか?」


 私が不満を漏らすと、千景さんも恥ずかしいことには同意のようで、必死にうなづき始める。

 しかし先生は「無理よ、無理」と言いながら首を横に振った。


「裏山は国有地だからダメよぉ。……その点、学校内なら申請は先生がやっておくので、大丈夫。……というか、もう許可は取ってありま~す」

「あの……。さすがに変に目立つのもなんですので、下校後の時間にやるのはどうかなって、思うんですが……」


 ほたか先輩が言うと、先生は腕を組み少し考え始めた。


「……わかりました。じゃあ設営と炊事は下校時間の後でいいわぁ。どうせ宿泊申請をするわけですし、下校の時間までは通常のトレーニングなどで時間をつぶせば大丈夫よぉ」


 先生の同意を取ることができて、ひとまず私たちは安堵する。

 確かに今回の先生の提案はもっともなことなので、私たちはお互いに顔を見合わせ、「合宿しましょうか」と確認しあった。



 △ ▲ △ ▲ △



 合宿の話がまとまったころ、先生は腕時計をチラチラと見ながら扉の向こうの様子を気にしはじめた。


「そう言えば遅いわぁ」

「あぅ? どうしたんですか?」

「せっかく先生のところに挨拶に来たんだから、部室にも寄るように伝えたのに……」


 まるで誰かの登場を待っているように思える。

 ソワソワし始めた先生はいてもたってもいられなくなったように扉を開いて、部室を出ていこうとした。

 しかし、扉のすぐ外を見て立ち止まる。

 どうやら部室の中からは見えないところに誰かがいるようだ。


「あら、そんなところにいたの? 早く入るのよぉ~」

「わ、私は先生に挨拶に来ただけなんですよー。引退したのに、先輩ヅラなんてしたくないですって!」

「そんなこと言わないで~。憧れのお姉さまなんだから、顔ぐらいお見せなさ~い」


 そのやり取りする声を聞いて、ほたか先輩と千景さんは顔を見合わせた。


「あれ……この声って……」

「うん。間違いない」


 当然、私もこの声を知っている。

 そして想像通り、先生に手を引かれて現れたのは陽彩ひいろさんだった。

 陽彩さんは場違いなことが気まずいのか、困り顔で照れている。

 聞こえてきた言葉の通り、元々は部室に顔を出すつもりはなかったようだ。


「……ども。卒業生で元登山部員のひじり 陽彩ひいろです」

「どもっす。アタシは一年のつるぎ 美嶺みれいっす」

「……えへへ。ましろです」


 私が登山部に入ったことは陽彩さんに伝えていなかったので、気まずい気持ちで小さく会釈した。

 そして、予想通りに陽彩さんは驚いた顔を見せる。


「あれー? なんでましろっちがいるの?」

「えへへ……。私、登山部に入ったんだ~」


 私が頭をかきながら答えると、陽彩さんが急に歩み寄ってきて、私だけに聞こえる小さな声で耳打ちしはじめた。


「き、昨日の話、忘れてちょうだい! ……私の後輩の話のこと!」

「やっぱりあれ、ほたか先輩のことだったんですね……」


 私の言葉にウンウンとうなづく陽彩さん。


「ましろっちのことを知ってたら、ベラベラとしゃべらなかったよ……」


 そう言って「あちゃ~」とつぶやきながら顔を手で覆ってしまった。



 しかし、過去の秘密をばらされたほたか先輩は全く気が付いていないようで、笑顔でやってくる。


「陽彩先輩! この間、みんなでお山に登ったの! 写真を見てくださ~い」


 ほたか先輩の手にあったのは私たち四人の写真だった。

 これは弥山みせんの頂上で先生に撮ってもらったものだ。


「弥山に登ったんだね~。うん。みんないい笑顔だ」


 陽彩さんはとても優しそうな顔で微笑む。

 しかし、ふと何かに気が付いたように私のほうを向いた。


「……剱さんとましろっちはなんか顔が赤っぽく写ってるけど、熱でもあったの?」


 陽彩さんは私のオタクの師匠なだけはあって、そういう表情に目ざとい。

 ちょっとした感情の機微きびにも気づいてしまうので、油断ならなかった。


 この写真を撮った時はちょうど美嶺と私で下の名前を呼びあう約束をした直後だったので、頬が赤らんでいるのはお互いに照れていた証拠だ。

 ほたか先輩と千景さんにバレなかったので、悟られないんだと安心しきっていた。

 だから不意打ちのように指摘されて、美嶺も私も再び顔が赤くなってしまう。


「あ……いやなんでもないっす」

「うわわわわ。陽彩さん、気にしないで!」

「……ははぁん。なるほどなるほど。……詳しくは聞かないよー。剱さん、ましろっちのことをよろしくね~」

「……よろしくと……頼まれてもっすね……。うぐぐ」

「あぅぅ。陽彩さん、なんでもないったらっ!」

「あはは。深い意味はないよー」


 陽彩さんの観察眼はさすがは師匠といったところだ。

 あまりツッコまれても墓穴を掘るだけなので、私はおとなしく黙ることに決めた。

 陽彩さんはそんな美嶺と私を見て、穏やかに笑う。


「うん。二人ともいい子だ。安心した!」


 その陽彩さんの言葉を聞いて、ほたか先輩も満面の笑顔を浮かべた。

 千景さんもささやかに微笑んている。


「ですよね! お姉さんもとっても嬉しいんです」

「ボクも」


 陽彩さんはそんな二人の先輩を両腕でぎゅっと抱きしめた。



 陽彩さんはみんなに挨拶できてうれしかったのだろう。

 太陽のような満面の笑顔で部室の扉を開けた。


「みんなの顔が見れてよかったよ。じゃあ、私は行くね」

「あの……、陽彩先輩は合宿に参加されないんですか?」

「食べたいご飯があったら、是非」


 帰ろうとする陽彩さんを先輩たちは引き止める。

 しかし陽彩さんは笑顔でその申し出を断った。


「私は引退してるんだし、参加しないって!」


 そして立ち去って行こうとしたが、ふと空を見上げると、何かを思い出したように振り返った。


「そうだ。五月は意外と天気が変わりやすいんだ。気を付けるんだよー」


 そして陽彩さんは颯爽さっそうと立ち去っていく。

 このときの陽彩さんの言葉が現実のものになるとは、この時の私たちには思いもよらないことだった。

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