第四章 第三話「モデルはいったい誰でしょう?」

 ほたか先輩は扉の鍵を閉めると、青ざめた表情のままで私に迫ってきた。

 ほたか先輩の迫力にひるみながら、私はゆっくりと後ずさる。

 縛られているので、扉の鍵を開けたとしても逃げられそうにない。


「ゆっくり……お話って……?」


 もしかして、口封じのために山に埋められてしまうのだろうか?

 私は緊張のあまり、生唾をごくりと飲み込んだ。



 すると、ほたか先輩はいきなり目の前で土下座してしまった。


「ぬ……ぬいぐるみのことは何も聞かないで欲しいなっ!」

「え……でも、このぬいぐ……」

「お願い! お願いよぉ……」


 ほたか先輩はそう言ったっきり黙ってしまい、床に額をこすりつけたまま動かなくなってしまった。

 ゆっくりお話すると言っていたはずなのに、黙ってしまうとは思ってもいなかった。

 まさか「何も聞かないと約束します」と言うまで、先輩はこうしているのだろうか?



 憧れの先輩が土下座しているのを見ると、いたたまれなくなってしまう。

 私は困ってしまい、ほたか先輩から視線をらす。

 すると、テーブルの横に見覚えのない植木鉢が置いてあることに気が付いた。


 見るからに、植物を植えるために使う鉢だ。

 それは黄色い円筒形のシンプルなもので、いくつかが重ねられていた。

 よく見ると、土の入っていない鉢の中にはヒマワリの種の袋も入っている。


「あれ……。さっき、そんな植木鉢ってありましたっけ? ヒマワリを植えるんですか?」


 ヒマワリを話題にすると、ようやくほたか先輩は顔を上げてくれた。


「あ……、うん。明日にでも種をまこうかなって思って準備をしてて……。ヒマワリの種まきは五月がいいみたいなの。……部室の窓の外ってちょうど日差しも明るいし、夏に窓から黄色い花が見えると可愛いかなって」


 その言葉を聞いて、私はふと、キャンプの時の先輩のユニフォームを思い出した。


「……そう言えば、ほたか先輩がユニフォームの色を選ぶときも『ヒマワリみたいだから』っていうことで黄色を選ばれてましたよね。ヒマワリがお好きなんですか?」


 そう聞くと、ほたか先輩は満面の笑みを浮かべた。


「うん。いつも太陽をに向かって元気に花開いてるし、その姿を見てると、お姉さんも頑張ろうって思えるのっ」


 その笑顔はぽかぽかの太陽の光のようだ。

 見ているだけで明るい気持ちになってくる。


「ほたか先輩にヒマワリはすごく似合うと思います。太陽みたいにみんなを照らしてくれて、すごく憧れてるんです……」

「そんな、……憧れるなんて。お姉さん、困っちゃうな。……でも、ヒマワリと太陽は全然別物だよ~。ヒマワリは自分で光らないも~ん」


 そう言いながらも、ほたか先輩はまんざらでもないようで、可愛らしくはにかんでいる。

 ……まさかこの笑顔で後輩を縛っているなんて、顔だけ見れば誰も分かるまい。

 私は冷静な思考のまま、ほたか先輩の顔をのぞきこんだ。


「……ようやく顔を上げてくれましたね。土下座されても困ります。……せっかくだから、ぬいぐるみのお話を、ゆ~っくり聞かせてくださいね」

「お……お話しないと……ダメかな?」

「人をいきなり縛った以上は、説明ぐらい欲しいですね~」

「えへへ……」



 ほたか先輩もようやく諦めたのか、テーブルの上に置いてあったぬいぐるみを見せてくれた。

 縫製ほうせいがきれいだし、部分ごとに生地も変えてあるし、手作りとは思えないぐらいに完成度が高いぬいぐるみだ。

 家庭部の手芸隊長という人に頼んだ品物はこれに違いない。

 さすがは手芸部門のエースによってつくられた一品だと思えた。

 髪型も、どう見ても私の髪と同じような癖っ毛で、肩までの長さの髪型だった。


「これは……あの……モデルはわた」

「これは、八重校やえこうのマスコット人形! 特にモデルはないよ!」


 私が言いかけた言葉に重ねるように、ほたか先輩は言い切った。

 そうは言っても、先輩の慌てぶりがすでに怪しい。


「でも、……髪型とか。なんか私っぽい」

「き、気のせいだよ! ……か、家庭部の発案で、うちの学校のマスコット人形を作ることになったの。作った子が私の友達だから、出来栄えのチェックをしてあげてるんだよ!」


 先輩はぎこちない笑顔で見え透いた嘘をつく。

 私はすでに情報を握っているので、にっこりと微笑んだ。


「出来栄えのチェックなんて……嘘ですよね? その人、依頼されないと握手しないって小桃ちゃんが言ってました。……ちなみに小桃ちゃんは私の親友で、家庭部の一年生ですっ」


 ちょっと意地悪な言い方になってしまったかもしれない。

 ほたか先輩は簡単に嘘が暴かれて観念したのか、肩を落として縮こまってしまった。


「……はい。お姉さんが頼んで作ってもらいました……」



 先輩の話によると、ぬいぐるみの制作者は石鎚いしづちさんという名前で、家庭部の手芸部門でエースの座を誇る天才らしい。

 すでにネット販売を通して活躍している人らしく、布で作れるものであればどんなものでも作れるし、仕事に応じてしっかりと報酬ももらう完璧なプロということだった。

 不器用なほたか先輩はこのぬいぐるみを作ってもらうお金を貯めるため、千景さんのお母さんが営むカフェでアルバイトをしていたらしい。


「で、でも! こういうよくある髪型の女の子って、どこにでもいるし、ましろちゃんがモデルっていうわけじゃないよ! それは本当! ……別に、後輩の子が可愛くて好きとか、そういうわけはないんだよ!」


 ほたか先輩は焦ったように否定したけど、私はその言葉を聞いただけで頭が沸騰するぐらいに動揺してしまった。

 こ……『後輩の子が可愛くて好き』……?

 必死に否定してますけど、なんか、本音っぽいものが漏れてませんか?


 唐突な告白っぽい言葉に、自分の顔が熱くなってくるのを感じる。

 でも、先輩の言葉はあくまでも「そういうわけではない」という否定の文脈だった。

 口が滑って本音が出たのか、本当に違うと思っているのか、わからない。


 いや、私のような道端の草みたいなモブキャラが先輩みたいな人気者に好かれる理由がない。

 先輩は美嶺みれいのようなオタクっていうわけでもなさそうだし、千景さんのように私から告白したわけでもない。


 それにいくらプロの腕前だとしても、ぬいぐるみがそう簡単に作れるはずがない。

 私とほたか先輩はお話するようになって二十日ぐらいしか経っていないのだから、制作期間的にも、このぬいぐるみが私をモデルに作られたなんて考えるほうが、あり得ないのだ。



 ぐちぐちと考えているうちに、私はだんだん冷静になってきた。


「……そのぬいぐるみは、私をモデルにしたわけではないんですね」

「うんっ……うんっ!」

「それは分かったんですけど……。それよりも私の髪型、やっぱりどこにでもある感じでしょうか? ……先輩みたいに長い髪なら色々出来そうだし、伸ばそうかな……」

「か、変えなくていいと思うよっ! 今のままがましろちゃんっぽくて似合うよ~っ」


 ほたか先輩がフォローしてくれるけど、私は自分の髪型が気になって仕方がない。

 もっとキャラっぽい奇抜な感じがいいのかな。

 それとも千景さんのように片目隠しでミステリアスにしたほうがキャラが立つのかな。

 私は縛られて動かしにくい手で、懸命に髪の毛を解きほぐしてみる。


「と、とにかく秘密にしてねっ! そうしてくれれば、お姉さん、なんでもするから!」


 ほたか先輩はザイルを握った手をゆすり、必死に訴えかけてくる。

 最初から人の秘密を暴露なんてする気がない私は、快く受け入れた。


「もちろんですよ。秘密は守ります」



 その時、部室の窓がカラカラと音を立てて開いた。

 私は驚き、窓に視線を送る。

 なんと、窓の外にはあまちゃん先生が立っており、外からのぞき込んでいたのだった。


「なんでもは、しちゃだめですよぉ~」

「あ……天城先生! ……なんでそんなところに?」

「いつまでも部室の鍵を返しに来ないから、様子を見に来たのです~」

「あぅぅ。……だからって、窓からのぞく必要はないじゃないですかぁ~」

「うふふふふ。遊んでるのなら、はやく帰るのよぉ~。えっちなことも程々にねぇ~」


 あまちゃん先生はニヤニヤしている。。

 いったい、どの時点から見られていたのか分からない。

 ……どの時点から見られていたとしても、ほたか先輩が私を縛っている事実は変わりないのだけど……。


「あぅぅ~。誤解ですーーっ!」


 部室の中に、私のうめき声が響き渡るのだった。

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