第三章 第二十二話「山の歩みは一歩ずつ」
■挿絵
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「あぅぅ……。坂がけっこう、急ですね……」
暑いし、坂は急だし、ザックは重い。
目の前は当たり前だけど、ずっと坂道が続いていた。
「歩幅は、なるべく小さく、細かく……。靴全体で、地面を踏んで」
前を歩いている千景さんが、振り返って教えてくれる。
私は自分がいつの間にか大股歩きになっていることに気が付き、慌てて歩幅を狭めた。
「そうでした! さっき教えてもらったばかりですもんね」
千景さんが言うには、坂道を大きな歩幅で歩くと疲れやすいということだった。
それに、つま先やかかとだけなど、一部分だけで地面を踏むと、靴のグリップが十分に活かせないらしい。靴の裏全体で地面を踏みしめるのが、滑らずに登るコツということだ。
急な坂道を登り切ったところで、ほたか先輩が最後尾から千景さんを呼び止めた。
「千景ちゃん! そろそろ五〇分は歩いたし、休憩しよっか。……確か、あと二〇メートルぐらい進んだところに広い場所があるから、そこで~」
千景さんは小さくうなづくと、私を見た。
「大丈夫?」
「あ、はい!」
「……よかった」
そう言って微笑む千景さん。
たびたび私の様子を見てくれていて、その気遣いがありがたかった。
休憩場所は、ちょうど『五合目』と書かれた木の札が地面に刺さっている場所だった。
全員が道の脇にザックを下ろし、地面に座って足を休める。
ウェストポーチに入れていたお菓子を食べると、少し元気が戻ってきた気がした。
「さすがに疲れました……」
「ましろちゃん、すごく頑張ってるよ~。大股に歩かず、姿勢もいいし」
「いやいや。千景さんの後をついて行ってるだけです~」
「階段トレーニングの効果も出てきてるんだよ~」
そう言って、ほたか先輩はザックから小さなポリタンクを取り出した。
このポリタンクの中には、キャンプ場であらかじめ作っておいたスポーツドリンクが入っている。
私と剱さんはそれぞれのマグカップにドリンクを注いでもらうと、一気に飲み干した。
「……うまいっすね」
「ね! 今日は暑いし、汗もいっぱい出てるもんね~」
「それにしても、……いつの間にかこんなに高い場所まで登ってたんですね!」
この五合目の広場は視界が開けていて、木々の間から遠くを見渡すことが出来る。
建物はミニチュアのように小さくなり、遠くには弓なりに曲がる海岸線が見えた。
かなり疲れているけど、一歩一歩、確実に進むことが出来ていると実感できて、嬉しくなる。
「見て。
千景さんが指さすほうを目で追うと、霞がかるほどに遠くの地平線に、小高く盛り上がっている山が一つ見えた。
「……三瓶山って、なんでしたっけ?」
「ましろちゃん。……もしかして『自然観察』のテキストを読んでないのかな?」
「あぅ……ぅ……。すみません……」
「三瓶山は、次の県大会があるお山だよ~」
「あ~。あんなところにあるんすね。アタシは登ったこと、ありますよ。……その時はリフトに乗ったから、たいして歩いてないっすけど」
「じゃあ、大会ではたくさん
ほたか先輩はそう言いながら、腕時計を確認した。
「そろそろ一〇分たったから、出発しよっか。……お山では移動五〇分、休憩一〇分のサイクルで行動すると、ペース配分もうまくいくんだよ」
私はほたか先輩にうながされるままに立ち上がる。
さっきまでよりも体が軽く感じられ、再び歩けそうに感じた。
△ ▲ △ ▲ △
『九合目』のと書かれた木札が設置されていたのは、まるで崖にしか見えないような場所だった。
「あぅぅ……。これ、本当に道なんですか?」
その問いに、ほたか先輩も千景さんも無言でうなづく。
学校の階段なんて比較にならない急斜面の岩壁。
でも、よく見ると人が踏んで丸みを帯びた岩もあり、かろうじて道だと感じられた。
「ほとんど崖ですけど、登るんですね……」
「気を付けながら、一人ずつ登ろっか」
「ましろさん、ボクが踏む場所を……しっかり見てて」
そう言って、千景さんは足の運び方を教えてくれるように、ゆっくりと登っていく。
私は自分の命がかかっているので、必死にルートを覚えていった。
そして、私の順番はすぐに来てしまった。
千景さんが岩場の上で、静かにうなづいてくれている。
「
「
ほたか先輩はガッツポーズをみせる。
道はここしかないみたいだし、もう、覚悟を決めるしかないようだった。
「い……行き……ます」
「ここが最後の正念場だよ! 登り切れば、頂上はすぐそこだから!」
「そうですね! とにかく行く。行くぞ~っ!」
私は一歩を踏み出した。
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