第三章 第十一話「山の中の素敵なおうち」

「わぁ、素敵! 暖炉もある!」


 剱さんの家のリビングに通された私は感嘆かんたんのため息をついた。

 壁も床も木を組んで作られており、木材のいい匂いが漂っている。

 二階の高さまで吹き抜けになっている天井は、外から見た屋根の形と同じように斜めになっている。見上げると、床に置かれた大きな暖炉の煙突が上まで届いていた。


 山の中にあった剱さんの家は、丸太を組み合わせて作られた大きなログハウスだった。

 外から見たときなんて「これぞ山のおうち」と言いたくなるほどに周りに広がる森と馴染んでいて、可愛かった。


「親が道楽で建てた家だよ。こういう家に住むのが夢だったらしいんだけど、山の中で暮らすのは不便だし、大変だよ。……へへ」


 剱さんは口では不満げに言っているけど、顔を見ると、あながち嫌がっている感じもしない。

 剱さんの『美嶺みれい』という名前は『美しいみね』と書くらしいし、本格的な革の登山靴を履きこなしてもいるので、剱さんのご両親は相当な山好きなんだと思えた。


「……そして、サンドバッグもあるんだね」


 最初は気が付かなかったけど、暖炉の煙突に隠れるようにして、黒くて長い大きな袋が吊るされている。近寄って押してみると、ズシリと重い感触が腕に伝わってきた。


「ふふ。パンチの仕方を教えようか?」 

「あぅ……。いや……結構です。クマとの戦いは剱さんにお任せするよぉ……」

「なんだ。残念」


 剱さんはにやりと笑う。

 その時、剱さんは何かを思い出したように自分の鞄の中をまさぐると、水色のポーチを取り出した。


「あ、そうだ……。わざわざ追いかけてきたのって、これのためだろ?」


 そう言って、ポーチの中から青いケースに包まれた一台のスマホを取り出した。

 ポーチもホイッスルも青系なので、間違いなく剱さんは青が好きなのだろう。

 剱さんの金髪と青い色は美術的に言っても相性のいい組み合わせなので、似合っていた。


「まあ、空木うつぎが穴に落ちた後、けっこう探すはめになっちゃったけどさ……。口にくわえてぶるんぶるんと揺らしてたから、どっかに飛んでいくんじゃないかってヒヤヒヤものだったさ」

「あぅぅ……。ごめん……」


 剱さんを呼ぶためにクマよけのホイッスルをくわえて走っていたので、確かにスマホが入ったポーチが大きく揺れて大変だった。

 その勢いでどっかに落としたらと思うと、本当に申し訳なくなる。

 しかし、剱さんは私の肩に腕を回すと、ニカッと笑った。


「スゲエうれしいよ。ありがとな!」


 剱さんは爽やかにお礼を言ってくれる。

 山は大変だったしヘビも怖かったけど、その一言で疲れも吹き飛んだ気がした。



 △ ▲ △ ▲ △



「えへへ。土まみれになっちゃった……」


 剱さんの家のお風呂場に案内された私は、鏡に映った自分を見て少し可笑しくなった。

 頭を土や泥で汚すのは何年振りだろう。

 インドア生活が長かったので、久しぶりに土と森の匂いを嗅いで、小学生の頃に公園で遊んでいた日々を思い出してしまう。


 小さい頃は服が泥だらけになるのも楽しくて、日が暮れるまで外で遊んでいたものだった。

 着ていた制服もずいぶん汚れてしまったけど、そんな楽しさを思い出すことができたので、なんだか充実した気持ちだった。


 少し痛みのある足を確認すると、足は枝かなにかで切ったような細かいり傷が何か所かにできている。

 傷自体は思っていたよりも酷くはなかったけど、手当をする前に汚れを流したほうがいいと言われ、剱さんに勧められるままにお風呂を借りることにしたのだ。



 私は脱衣所で服を脱ぐと、お風呂場の扉を開けた。

 お風呂の中もこだわりの木造りで、温泉でいだことのあるようなヒノキのいい香りがする。

 床周辺は四角く切り取られた石を組み合わせて作られており、ちょっとした旅館のお風呂というおもむきだ。


「山の中の家っていうのも、いいなぁ……」


 剱さんが拳を鍛えてるのって、ひょっとしたら山籠もりの修行気分を味わっているのもあるかもしれない。


「あぅ~、ヒリッとする~っ」


 手始めに擦り傷のある足を流し始めると、お湯の刺激が刺さるようだった。

 石鹸とお湯が傷にしみるのを我慢しながら、一気に体を洗っていく。

 頭をシャンプーの泡でいっぱいにしながら、私はさっきまでの出来事を思い出していた。



 剱さんの家までたどり着くとスマホの電波も届くようになっていたので、急いでお母さんに電話をしておいた。

 帰りが遅いからお母さんは心配してたけど、部活の仲間といっしょだと言ったら、安心してくれた。

 剱さんのご両親はまだ帰られていないようで家には誰もいなかったけど、剱さんのお母さんはもうすぐ帰ってくるらしい。


『母さんが帰ったら、空木を家まで車で送ってくれるってさ』


 電話を切った剱さんがそう言ってくれたので、私もその言葉に甘えることにしたのだった。



「……それにしても、剱さんの背中。……たくましかったな」


 山の中で私を背負ってくれていた剱さんの背中を思い出す。

 おんぶされるのも、もしかしたら小学生以来のことかもしれない。

 女の子の体とは思えないぐらいに筋肉質な背中は、それだけで安心感を感じさせてくれた。

 そして、筋肉というと、ついついほたか先輩を連想してしまう。


『筋肉はすべてを解決するんだよ!』


 はじめてのトレーニングの日なんて、そんなことを言いながらシャワー室でも筋トレを始める先輩を見て、ビックリしたものだった。


「ふんふふんふ、ふんふんふ~ん。筋肉もりもり女の子~」


 私はシャワーを浴びてリラックスし、鼻歌交じりに体を洗う。

 お風呂場は音が反響するので、それはもう気持ちよく歌えるのだった。



「おい、空木」


 ふいに脱衣所のほうから剱さんの声が聞こえた。


「あぅっ? ……な、なんか言った?」


 変な鼻歌を聞かれてしまったに違いなく、私はうわずった声で返事する。

 すりガラスの扉の向こうには剱さんの姿がぼんやりと見えた。


「ああ、いや……。着替えを置いとくって言ったんだよ。制服は結構汚れてるし、アタシの服を貸すから、これ来て帰ろよな」

「あ、ありがとう」


 鼻歌にツッコまれたくないので、私はそれ以上に言葉は続けず、再びシャワーを出し始める。

 しかし、扉の外の剱さんは立ち去る気配がなかった。


「……あのな」


 何かを言いづらそうな雰囲気で剱さんはつぶやいた。


「……ど、どうしたの?」

「ブ……ブラは貸せなくて、すまん。……アタシはAカップのしか持ってなかったからさ」

「……ぶら?」

「空木のブラジャー、意外と大きいな。……Dか」


 剱さんは真剣そのものの声で言ってるけど、私の頭はもう沸騰寸前だった。

 女の子同士とはいえ、さすがにブラのサイズをチェックされるのは恥ずかしくて仕方ない。


「あぅぅっ? な、なにを見てるのかね! だ、だいたい、下着は貸してくれなくていいよ!」

「そ、そうか。……なんかスマン」

「ほんとだよーーーっ!」


 もう、このやり取りで鼻歌の件はチャラ!

 ブラのサイズをチェックしてきた件と相殺そうさいだ!



 私はぷりぷりと怒りながら、剱さんを脱衣所から追い出すのだった。

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