第二章 第十話「秘密を守る大作戦!」
「なんか、いいブッ殺し方とか、ないんすかね?」
店内で物騒なことを言っているのは剱さんだった。
話しかけられているのは銀髪の店員さん。つまり、千景さんである。
な、なな何を聞いてるの、剱さん?
目を離したすきに知り合いに話しかけられてるなんて、千景さんってバレる宿命にあるんじゃなかろうか。
私とほたか先輩は気配を押し殺しながら、剱さんたちの元に近づいていく。
気付かれないように商品棚をいくつも挟んだ場所からのぞくと、わずかな隙間から二人の様子をうかがうことができた。
「そういう道具じゃなくって、アタシが知りたいのはもっと確実な武器っすよ」
話を途中から聞いたせいなのか、何のことを言ってるのかわからない。
今が話しかけていいタイミングなのか分からず、私たちは二人のやり取りに耳を傾ける。
「海外の奴に体格はかなわないとして、国内の奴なら対格差も近いし」
「体が分厚いから、無理。……なのです」
聞いていても、さっぱり内容が理解できない。
殺し方?
海外?
国内?
体が分厚い?
剱さんはプロレスラーと戦おうとしてるのだろうか?
ここは山のお店なのに?
隣で隠れているほたか先輩の様子を伺ってみるが、やはり話の内容がわかっていないようだ。
千景さんは対応に困っているようで周囲をきょろきょろと見渡している。
もしかすると他の店員さんに助けてほしいのかもしれない。
しかし休日であるせいかお客さんが意外と多く、数人いる店員さんは他のお客さんに捕まっていた。
すると、剱さんは千景さんを見下ろしてつぶやく。
「アンタぐらいにウェイトが軽いと無理だろうけど、アタシならイケるんじゃないか?」
「だ、だから……戦っては、ダメ。……なのです」
口調がいつものたどたどしい感じに戻っている。
語尾でなんとかごまかそうとしてるけど、いつバレやしないかとハラハラしてくる。
もし剱さんに千景さんの正体がバレてしまったら、どうなるんだろう。
剱さんはほたか先輩とのやり取りを思い出す限り、相手の都合を察するタイプではなさそうだ。気付けばぽろっと口に出してしまうかもしれない。
千景さんがショックを受けたとしても、自分のなにが悪いのか気付きもしないだろう。
実際に、今の剱さんも千景さんの言葉を意に介していないように、自分のペースでしゃべっているだけだ。
様子を見ていると、剱さんは千景さんをじっと見つめはじめた。
「なあ、同じなんじゃないのか?」
剱さんが発した一言は電撃のように私を貫いた。
千景さんを見て、「同じ」って言った?
まさか体格の話から千景さんに話が行くなんて、思ってもいなかった。
もう一刻の猶予もない!
私とほたか先輩は全力で飛び出した。
「みみみ、
「つ、剱さん! 体格が似てる人なんて、世の中多いんじゃないかな?」
私が必死に呼びかけると、剱さんはいぶかしげにニラんできた。
「はあ? 体格? 何言ってんだ?」
「あぅ……。ち、違うの?」
私は飛び出した勢いのやり場をなくしてしまい、完全に思考が止まってしまった。
いったい何が話されていたのか分からないので千景さんのほうに視線を送ると、千景さんの手には二本のスプレー缶が握られていた。
片方の缶にはクマの顔が描かれている。
「くま?」
「クマだ」
「クマなのですよ」
千景さんは微笑んで、クマの絵が描かれたスプレー缶を私に手渡してくれる。
「同じクマよけスプレーでも、メーカーによって効果や飛距離に違いがあるのですよ」
「同じって……、そういうことだったんだね」
ほたか先輩は安堵したようにほっと胸をなでおろす。
剱さんは私たちが変な勘違いをしていたことに気が付いたのだろう。深くため息をついた。
「あのな、山でクマと出くわしたときの撃退方法を聞いてたんだよ」
「それはクマよけ用の特別なスプレーなのです。トウガラシの成分が入っていて、クマにも絶大な効果があるのです」
「あぅ……。クマって、山でそんなに出会うことあるの?」
「実際に出会ったことはまだないのですが、日本の結構広い地域にいるのですよ」
「へえ……」
クマと言われても、近くに動物園もないし、実物を見たことがないので実感できない。
さらにクマよけスプレーに書かれている文字は英語だったので、内容はさっぱりわからなかった。
「スプレーって一万円とかするだろ? 高いよ」
剱さんは首を横に振りながら、近くにぶら下がっている小さな金属の棒のようなものを手にとる。
よく見るとそれは筒状で、側面に穴が開いていることが分かった。
「……じゃあ、この最初のでいいや。クマよけホイッスルをもらうよ」
「あくまでもホイッスルは一時的な物なのです。もしクマに出会ってしまったら、絶対に背中を見せずに落ち着いて、ゆっくりその場を立ち去るのですよ」
「はいはい」
剱さんはホイッスルを握りしめながら、適当に返事をしてレジに向かっていく。
「絶対に戦ってはダメなのですよ!」
千景さんの呼びかけも、聞いているのかどうなのかわからなかった。
「美嶺ちゃんって、けっこう武闘派だったんだね……」
「いつか、本気で戦いそうな気がしますね」
私とほたか先輩は、あっけにとられながら剱さんの背中を見送るのだった。
△ ▲ △ ▲ △
剱さんの買い物が終わったようなので、私の靴選びが終わればお店を出れる。
多少のアクシデントがあったものの、『千景さんをまもり隊』の
私の靴選びについても、ほたか先輩がいくつか選んでくれた候補の中に気に入ったデザインがあったので、迷わず買うことにした。
キャラバン
初心者用の入門シューズよりも、少しだけ先を見越したトレッキングシューズ。
推しキャラのテーマカラーと同じ、渋めの赤。
私の登山の第一歩を一緒に踏み出す記念すべき靴だ。
「ありがとうございます! ほたか先輩が相談にのってくれてよかったです!」
「お姉さんは何のアドバイスもできなかったよ~。ぜ~んぶ、店員さんのおかげ!」
私たちは笑いあう。
結果よければ全てよし。
私は自分の気分が高まるのを実感しながら、店内を見回すように剱さんの姿を探した。
しかし、剱さんがいない。
店内のどこにもいない。
「あうぅ。剱さん、いませんね。……ちゃんとお店を出る姿を見てないと不安だなあ……」
その時、ほたか先輩がふいに立ち止まった。
「美嶺ちゃん……なんで?」
妙な空気を感じ、慌てて私もほたか先輩の視線を追う。
その視線の先に、確かに剱さんがいた。
店内のカフェスペースでひとり、飲み物を片手にくつろいでいる。
注文を取っているのは銀髪の店員さんだ。
「あううぅあぁぁ! なんでだよっ!」
私は絶望に打ちひしがれ、床に崩れ落ちた。
『千景さんをまもり隊』の戦いはこれからだ……。
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