第六話「なんだか、ファンタジックな物語ねえ......」

「......もう匂わないよな」

台所の洗面所の前で両手の匂いを確める。うん、なんとか落とせたかな。

 時計はもうすでに5時半過ぎを指している。そろそろ歩き始めたらちょうどだろう。私は冷蔵庫から二リットルの麦茶が入ったペットボトルを手にとり、コップに注ぐ。それを口のなかに流してから、出発の支度を始めよう。


時計はもうすでに5時半過ぎを指している。そろそろ歩き始めたらちょうどだろう。私は冷蔵庫から二リットルの麦茶が入ったペットボトルを手にとり、コップに注ぐ。それを口のなかに流してから、出発の支度を始めよう。




 外に出たときに、沈み行く太陽の光が見えた。ちょうどと言っても、ゆっくり行けばの話。どうせなら散歩気分にいこうかな。


 そんな訳で、私は一島町の名物である、海に浮かぶ孤島を見に行ている。ちょうど太陽が沈んでいるということもあって、オレンジ色に輝く。

「あら! 上宮さんも来ていたの?」

声が聞こえて後ろを振り向くと、大谷さんが自転車から降りていた。

「この時間帯が一番綺麗に見えるのよぉ。昔はこの時間になるとよくカップルが来ていたんだけどねえ......」

その目は思い出に浸っている。

「大谷さんはよく来るんですか?」

「ええ! あたしの思い出の場所だから」

「と、言いますと?」

「やだもう上宮さんったら! こういうのは聞かないほうが綺麗でしょ?」

「あ、どうもすみません......」

綺麗なのかどうかはわからないが、つい職業柄、余計なことを聞こうとしてしまった。謝っておこう。


「別にいいのよ! そういえば上宮さん、晩御飯はどうするの?」

「私は今から"流レ亭"に行くつもりなんです」

「流レ亭!? この近くの食堂でしょ!? ちょうどよかったわあ......今晩、うちの娘とその友達とで、そこで食べることになっているの! なにやら相談を受けたいみたいだけど、あたしはそういうのは苦手でねえ......」

私もどちらかといえば苦手だけど、実は都合がよかったりする。

「わかりました。私で良ければ力を貸しますよ。できる範囲でね」

「よかったわあ! それじゃあよろしく! できる範囲でね!」


 私が大谷さんと共に歩いている間も、孤島を照らす太陽が沈んでいく。

「さっきからあの島を見つめているけど、気になることがあるの?」

「ええ......ねえ大谷さん、あそこに人が住んでいるって知ってます?」

「ああ......名前は聞いたことないけど......とても愛想の悪いおじいさんらしいねえ......会ったことはないんだけど......」

名前は私も知らない。牧場を建てて自給自足して暮らしている老人という噂しか聞いてない。どうやら私のお気に入りの"一島町の美味しいカフェオレ"はあそこの牛から取れているらしいが、訪れる人は滅多にいないらしい。

「......それじゃあ、あそこに伝わる都市伝説は?」

「全然......え!? あそこに都市伝説なんてあるの!? 教えて教えて!」

大谷さんに無邪気にねだられたし、歩きながらあの島の都市伝説を語るしかないね。




 先に簡潔に言えば、あの島は江戸時代に現れた島だ。その島がないころはこの辺りは農地でね。事件が起きたのは雨が降らない日が続いていたころ。旅のお坊さんがこの辺りで念仏を唱えながら海に落ちた。その翌日、雨雲と共にあの島が現れたという。


「なんだか、ファンタジックな物語ねえ......」

「あの坊さんは仏の使いとか、善良な妖怪とかなどの説がありますね。まあ、あくまでも都市伝説ですけど」

一息ため息をついた時、すでに私たちは流レ亭にいたことに気づいた。




「いらっしゃい......え......?」

流レ亭の扉を開けると、カウンターにいる女性の包丁を持つ手が止まる。あんな対応をされたら、初対面を貫かせることはできなそうだ。大谷さんもいるし、もうすでに一人客が来ている。仕方ない。

「......久しぶりです。ネイさん」

「俊......くん......?」

......

「あ? なんだ知り合いか? どうせ元カレだろうな。お似合いなこった」

そう言っているのは先に席に座っている大柄な男だ。身長は......2m行っているかも。

「え!? 上宮さん本当!?」

大谷さんは目を見開いて私と佞さんを交互に見てる。

「違いますよ......小学校の時の同級生です」

「あら、そうなの?」「ちっ......つまんねえなあ......」「......」


 ......大谷さんや大柄な男がこの言い訳を信じるなんて意外だった。私は今、大柄な男が正解を言い当ててヒヤリとしていたところだ。




「そうなんですか......この街に引っ越してきたの......」

大谷さんの説明を聞いて、駅巻 佞エキマキ ネイさんは納得したような表情を見せながら調理を進めていた。それにしても、見ないうちに大人っぽくなったなあ。私よりも二歳年上で、小学校の時は結構おませな子だったのに、今では落ち着きのある美人だ。

「そうなのよ! 今はWebライターしているんだって! ねえ上宮さん!」

席に座った状態で私にできることなんて、佞さんから目を反らすことぐらいだ。

「そんなことよりも、早く_。自称クラスメイトのライターさんが頬を赤らめているぞ」

大柄な男......信じられないが、刑事の新道 進シンドウ ススムさんはかなりの切れ者だ。私と佞さんの関係を言い当てたのは、当てずっぽうでは決してない。あの時の新道さんの表情を見る限り、彼は私の表情を読み取って判断したのだ。

 ......だけどなあ......別に彼の言葉使いに怒っていないんだけど......言ったらマズイキーワードがさりげなく入っていたような気がする......


 そう思っていた時、入り口の扉から二人の女性が入ってきた。次々に名前が出てきて大変だが、もう少し頑張ろう。

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