第四話「俺と柄子は決して離れないさ」
「まさか本当に一島町に暮らすことになろうとはね」
トンネルの中を新たな愛車を滑走させながら、上機嫌に呟いてみる。トンネルを抜けると、朝日が車の中の私を照らしてくる。もうそろそろ車のライトは消していいだろう。
季節の移り変わりによって赤く染まった紅葉が、高速道路に撒き散らしている。それを新たな愛車はいとも呆気なく踏んでゆきながらスピードを上げる。
「もしもこれが映画だとしたら、この辺りで主題歌入るんだろうなあ」
その主題歌をリクエストするなら、軽いノリでありながら壮大な展開を期待出来る歌にしてほしい。これから向かう一島町には、きっとそれに見合う展開が待っているはずなのだから。
サービスエリアで愛車を停めて、車の外で大きく伸びをする。やはり長距離を運転するのは疲れるね。
「さて、腹ごしらえといきますか」
腕時計を確認すると7時。引っ越し業者との待ち合わせの時間にも十分間に合うだろう。私はサービスエリアの建物に向かって歩き始める。
「この"鍋焼き冷や麦"って本当に美味しいよねえ!」
「ああ。きっと、
「やだもう
朝からカップルが席についてイチャイチャしている。なぜこんな朝早くからサービスエリアでイチャついているんだろう。もしかして、駆け落ち? いや、それならもっと深刻そうな表情のはず。あの二人は幸せで周りが見えていない表情だ。
まあいいや。それよりも私が興味があるのは、二人が食べている"鍋焼き冷や麦"だ。
そんなわけで、鍋焼き冷や麦を注文してみた。カウンターから受け取った鍋を乗せたお盆を慎重に運ぶ。
カップルから離れた席に置き、私も座る。鍋の蓋を取ると、解放された湯気が屋根に向かって羽ばたき始める。鍋の中にはそうめんよりも太く、うどんよりは細い冷や麦が生卵やニラたちと共に待っている。
別のとこのご当地グルメで、鍋焼きラーメンというの食べたことはある。それと比べると、この鍋焼き冷や麦は鍋焼きうどんの感覚がより多く残っている。だけど、この麺の細さと柔らかさで、ちゃんと差別化を取れていることも確かだ。
それにしても.........この鍋焼き冷や麦、一島町名物らしいが、イマイチ知名度がないなあ......私だってサービスエリアで見かけるまでは存在すら知らなかったからなあ。
一息ついたら、これをネタに記事を書いてみようか。私だって一応Webライターだから、少しでもPR出来るだろう。まあ、タダ働きは嫌だから、こちらから売り込むか誰かからか依頼を受ける必要があるけど。
「次のニュースです。二週間前に一島町で起きた男性の失踪事件ですが......」
設置されているテレビがニュースを伝える。二週間前に起きた失踪事件。実は最近の一島町では珍しくない出来事になろうとしている。
UFO騒動の興奮が覚めてからしばらく経ったころから、一島町を中心に失踪事件がよく起きるようになった。頻繁に起こることなく年に数回と、他の町で暮らす人間が疑問に思わない程度に一人ずつ消えている。
三ヶ月前に私が一島町の観光から帰ってきた後に調べたことだけど......最近はオカルトファンの皆さまの中でも少数の間だけ、奇妙な噂が広がっているらしい。
一島町で失踪した人間は、化け物のような姿になる。
私にとっては、いい引っ越しの理由が出来たんだけどね。私は一島町から離れた県にある街で、おばさんの家に厄介になっていた。だけどこのおばさんが結構うるさくてねえ......自立して一人暮らしするか、お嫁さんを見つけてくるまで心配だわあと同じ言葉を繰り返していたのだ。今年はお見合い写真を見せて来るようになったし。
もちろん私は結婚なんて嫌だった。家族の失踪からの一種のトラウマなのか、あるいは親の縛りが緩くなったことでより自由を求めるようになっていたのか。はっきりとした理由はよくわからないけど、結婚するぐらいなら外国に失踪したほうがましだ。
そんな時に送られてきた友人の手紙と"一島町の美味しいカフェオレ"は本当に助け船だったと思っている。よく住むのも悪くないなと呟いていたのも理由があるのだ。
「ねえ獲濡......私怖い......もしも獲濡が消えちゃったらと思うと......」
「ハハッ、柄子は本当に怖がりだなあ! 安心しろ、俺と柄子は決して離れないさ」
「そうね。私はSであなたはN。一度くっついた磁石は永遠に離れないわ」
自販機から買った一島町のカフェオレを飲んでいると、例のカップルが私の前をイチャイチャしながら通り過ぎていった。
「......二人にとっては、片割れが失踪することが最も恐ろしいことだろうな」
少し恨めしげに呟きながら、カップルの後ろ姿を眺める。彼らもあのニュースを見たのだろう。まさか一島町で暮らしているとは思わないけど。
この失踪事件がただの引っ越しの理由づけではない。私の記者としての好奇心が、三ヶ月前の出来事と結び付き、一島町へと向かわせたのだ。
"ウン......私......昔ハ人間ダッタヨウナ......気ガスルノ......昔ノコトナンカ......全然覚エテナイノニ......"
廃墟で出会ったあの子の声を思い出す。そして、私の小学六年の思い出と結び付けると、しっくりと来るパズルの土台が出来上がるのだ。
化け物のような姿になった元人間が、他の人間に見られないために姿を眩ます......その結果、元人間が姿を消すことになる。
再び高速道路を飛ばしながらも、私の頭の中には先ほどの仮説が飛び回っている。たとえ間違っていても、この仮説が合っていることを確めなければ。こういう図々しい私の性格が、Webライターとしての職業に多分合っているんじゃあないかな。
もしもこれが映画なら、ここでタイトルロゴを出してほしい。
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