第三話「一度はトラウマになった思い出が原因かな」
「人間だった......か......やっぱりね」
私のため息の音が、廃墟の診察室に放たれる。
「ヤッパリ......ッテドウイウコト?」
「まあ今までの経験でね......体型以外に君の話を聞いていて薄々感づいていたんだ。ずいぶん子供思いで、優しいところが人間っぽい感じだったからね」
一瞬だけ彼女は恥ずかしそうに顔を横に向けて、また顔を私に向ける。
「それで......人間だったころは何も覚えていないんだね?」
「ウン......名前モ......暮ラシテイタ場所モ......ドウシテコンナ姿ニナッタノカモ......」
そう言いながら彼女は、首もとから毛布の中へと手を入れる。
そこから現れたのは星の形をした石......の半分。断面の先端から紐が出ており、ネックレスのようになっている。
「コノ石ハ......私ガ人間ノコロニ手ニ入レタヨウナ気ガスル......ソノ時ハ片方モアッタッテ......ソレダケハ覚エテイル......」
「ふーん、この石がねえ......どこかで手に入れたとかは覚えてない?」
「ウウン......」
ひとまず、次の質問に移ることにしようか。
「噂では落とし物を拾っているって聞いたけど......それも記憶の手がかりを得るため?」
「ウン......デモ......ドチラカト言エバ......」
彼女が俯く。
「化ケ物ジャナクテ......人間ダッテイウ実感ガ欲シカッタ......」
「......私に取ったら、人間に取材している時と全然変わらないと思うけどな」
今思ったことを、率直に言ってみる。
「......ソウ?」
「うん、理由も特にない。人も場所もコロコロ変わるから、相手がどんな人でも話さえ聞けたら違和感はないね」
私が周りを見渡しながら話していると、彼女は一度触覚を引っ込めてクスリと笑う。
「私ハ違和感シカ感ジナイケド......本当ニ......誰カト話スナンテ......久シブリダカラ」
「......それじゃあ、もし私が毎日会いにくるとなったら?」
「......チョット飽キルカモ」
そういって彼女は小さく笑う。当然、私もなんとなく笑ったことは言うまでもないよね。
ぐう~
情けない音が廃墟に響く。彼女の触覚がこちらに向けているのが少し恥ずかしい。ひとまず私は腕時計に目を向ける。
「ん? もう8時か......そろそろ飯にしようかな」
そう言いながら私は持ってきたバックから卵カツドックを取り出す。念のために持ってきたのが正解だった。
私が卵カツドックの袋を開封しているのを、彼女は触覚でじっと見ている。
「......そういえば、君は普段何を食べているの?」
「......コノ姿ニナッテカラハ、何モ食ベテイナイノ」
「お腹が空いたって感覚もない?」
「ウン......動イテテ疲レタトキモ、少シ深呼吸スルダケデ元気ニナルカラ」
「まるで空気で栄養を取っているみたいだね」
そう言いながら私は卵カツドックに噛みつく。
口にカツの味とパンの柔らかさが広がる。さらに食べていくと、カツの代わりにゆで卵の白身の食感が支配する。
私が卵カツドックを食べ終わると、彼女が口を開く。
「ネエ......上宮サン......今度ハコッチガ質問シテモイイ......?」
「うん、私が答えることができる質問なら答えるよ」
「ソレジャア......上宮サンッテ、ドウシテ私ノコトヲ調ベヨウト思ッタノ?」
「......」
確かにその質問には答えられる......だけど、人に話したって信じてもらえるか......いや、この姿になった経験のある彼女なら、きっと信じてくれるだろう。
「......昔の思い出......一度はトラウマになった思い出が原因かな」
私が小学生だったころ、音楽会には毎年家族が聞きに来てくれたものだ。ところが小学六年生の時には家族の姿がなかった。六年の音楽会なんて、小学校生活の重要な行事の一つなのにね。当然、私は不満に感じたさ。
その不満を抱えながら家に帰った時、人生でもっとも衝撃を受けた出来事が起きた。
玄関を開けると、
黒い骸骨の中には赤い肉が積まれており、首から下は三本の足が生えていた。骸骨は私に向かって、歯をカタカタ言わせながらこう言った。
「俺ヲ見ルナ、食ワレタイノカ」
私は震えながら骸骨から目を反らした。しばらくしてから視線を戻した時、骸骨はいなくなっていた。
「......家族が、
廃墟から出ると、夜風が体を突き抜けていく実感を感じる。
「ゴメンナサイ......辛イコト......聞イチャッテ......」
見送ってくれた彼女が申し訳なさそうな声で謝罪しているのを聞くと、私は嘘をつかなかったんだという実感を感じる。
「今となっては平気だよ。むしろあんな経験をしなかったら、私の人生は退屈なだけの人生だったと思うから」
あの時の経験から時が過ぎると、一生残るはずのトラウマが消えると共にあの骸骨の正体への興味が湧いた。あの化け物は、なぜ家族を消してしまったのだろう。言葉を喋れるのなら、家族を消した理由があるはずだ。そんな考察が、なぜか私をWebライターにした。真相を解明できる保証なんてないのにね。
「上宮サン......モシモ......私ガ出来ルコトガアルナラ......マタココニ来テ。私......"シロナ"モ......チカラニナリタイカラ......」
そこまで言って彼女はまた口に手を当てる。忘れていたはずの名前が、まさか自分の口から出てくるとは思っていなかったからだろう。
「......わかった。何かあったらここに来るよ。シロナちゃん」
そう言って私はシロナちゃんに別れを告げて、アスファルトの道を進む。
......この一島町で暮らすのも......悪くはないかな。
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