街はずれの小さな家

@mugimugimugianemone

3人家族

懐かしい日々。

街のはずれに三人だけで住んでいた私たち。 「サラ、髪の毛結んであげるからおいで」 「お姉ちゃんおはよ!」

妹の髪の毛を結ぶのは私の日課。

妹のサラはまだ小さいので朝起きるのが私より少し遅い。

まだ眠たそうな目をこすりながら挨拶するサラの姿は本当に愛おしかった。

「リサ、サラ。ご飯よー」私とサラを呼ぶママの声。ママの声を聞くだけでどんな朝もすがすがしくなった。

二人で並んで食べる朝ごはん。

二人で手伝った洗濯物。

毎日でかけた花畑。

たくさんの日々。

ごく普通の幸せな日々。

こんな日々が続いてほしかった。




「今日も見つからなかったなあ...」

私は今、広い国じゅうを旅している。

固い決意をもって。

人間は死ぬときに「涙の結晶」をうみだす。どんな人生を送ろうとも必ず透明の結晶がうまれる。 なぜならば人間はだれしも死ぬときに涙しているからだ。涙は最後の生きた証である。

私はその結晶を見つけるために毎日毎日歩く。

思えば私が歩き始めて11か月が経とうとしている。


忘れもしないあの日。

珍しく雨が降り、風が窓を揺らす昼下がり。

私は一人で風邪を引いたママの薬を買いに外へ出た。 雨に濡れて冷え始めた体をいつもある家族の暖かさで包みたくて、全力で走った。

しかし玄関のドアを開けた先にあったのはどうやら息をしていないであろうサラとママの体だった。

次に目にしたのは一人の男であった。小さい銃を手に持ち、息を切らしていた。 一瞬にしてこの男がサラとママを殺したのだと悟った。私は男と目が合うなり持っていた薬の瓶を投げつけていて、男は痛がりながら逃げたのであった。

サラとママの体のそばに落ちていた二つの結晶は冷え切ってしまった家の中でもっとも熱をもっていた。

「この家から銃声が聞こえたのだが無事か!?」 私が悲しみと無力さに溺れている数分間の間にそれを決意に変えてくれる人物が現れた。 私とサラにおもちゃを作ってくれていた博士。

「博士、サラとママ死んじゃった」 かすれた声で事実を伝えた私を博士は見据えてこう言った。

「人間は死ぬときに結晶を遺す。リサが手に持っている小さなそれだ。リサに一つだけ頼みがある。二人を殺したあの男の涙の結晶を僕のもとへもってきてくれ。何年かかってもいい。もってきたときには必ず僕がリサを悲しみから救うから。・・・サラとママの結晶はペンダントにするから肌身離さず持っているんだよ」

博士と約束した私は決意した。

あの男を殺して博士のところへ結晶を持っていくと。

いろいろ思い出してしまったのだがもう夜が深い。明日のために寝ることにした。


── 朝起きるとあたりはあの忘れられない日と同じ天気であった。

この天気だからか街に人はいなかった。

そばに茶色い大きな物体が見えるので目をやると野良犬が屋根の下で雨宿りしている。 「のらいぬー、お前は寒くないのかーよしよし」

野良犬に構っていると耳のすぐそばで犬がうなり声をあげているのが聞こえた。突如大きなものが走って近づいてくる音と同時に。 「なんだ!?」あの日の光景がフラッシュバックした。こいつだ。サラとママを殺したのは。大きな体、地球儀のように丸い頭、ぴちぴちのTシャツ。 気づいたときにはもう引き金を引いていた。何度も何度も体に叩き込まれてきた銃の振動が汗まみれの手に広がる。 銃弾が頭を貫く様子はあの日瓶が直撃したときの光景によく似ている。

「うっ・・・」小さく低いうめき声をあげて男は倒れた。男の横に小さな結晶が現れた。 「やっと終わった・・・長い長い旅が」 達成感で全身の力が抜けた私のそばに野良犬がすり寄る。

「私は博士のもとへ行く。野良犬もついてくるか」 普通問いかけても答えなど返ってくるはずないのだが野良犬はワンッ!と凛々しい声で吠えてみせた。


こうして大きな野良犬を引き連れ博士のもとへ歩いた。 街は当時と変わらず青々としている。この日の天気はサラと洗濯物を干したあの日々たちとそっくりである。

「博士、終わったよ。」

「・・・リサ!よく帰ってきた!!」博士は驚きつつも涙を浮かべ近づいてきた。 相変わらず博士の家はおもちゃがあふれていて汚い。油のにおいも相変わらず。

「本当にやってきたんだね・・・」握りしめた袋を博士が見つめながら言った。

「博士の言葉だけを信じてやってきたよ」 「そうか...本当によくやった。今からやるからペンダントを僕に預けてくれ。」 「・・・うん」

「ちょっとのあいだ眠ってもらう。目が覚めるころにはすべて終わっているから何も怖くないよ。」

「そっかじゃあ、おやすみなさい博士」 「あぁ、おやすみ。リサ。」博士の言葉をただ信じてゆっくりと眠りについた。


── 「サラ、ママ!!いってきまーーす!!野良犬、走るよ!!!」あの日雨宿りしていた野良犬は安直ではあるが野良犬と名付けた。今では私の相棒。というのも・・・


「お姉ちゃん警察だなんてかっこいいね!」

「そうねぇ、ママもそう思う。びっくりしたけどね~」

殺した男は街の指名手配犯だったため、私は市民から警察に推薦された。野良犬は警察犬の訓練を受けて私の相棒として働くことになった。

いつも通りの日常が、あの暖かい毎日が、私のもとにかえってきた。

市民が凶悪犯によって暖かい毎日を失わないように、私と野良犬は今日も街に出る。


街に出ると博士を見かけた。

「おはよう博士!今日はどこへ出かけるの?」

「鉄の板がなくなってね。買いに行くんだ。近頃安いらしいからちょうどいいと思って。」

「・・・博士。最近休めてないんじゃない?」

「ほほほっ、リサには敵わないな。研究に没頭して寝ないことが多いんだ」

「もー。私の仕事は午後になったからさ、ちょっとこそでコーヒー飲もうよ」

「街の救世主から誘われるなんて嬉しいよ。今日は僕のおごりだ。」

カフェでは博士がいろいろなことを話してくれた。

二人が殺された日から私が帰ってくるまでの間、誰よりも研究に励んだこと。

政府に研究をのぞかれて一悶着あったこと。

私が博士の家に帰ってきたとき本当に驚いて、そしてうれしかったこと。

私との約束を無事に果たすことができたこと。

博士の研究が実を結んでサラとママが生き返ってからも問題なく過ごせていること。 「そういえば博士。涙の結晶に関して元はどれくらい知識を持っていたの?」

「実はね、なにも知らなかったんだ。」 「じゃあなんであの日、私を悲しみから救うって断言したの!?」

「ほほほ。やるしかないと思ったんだよ。だから死に物狂いで研究したさ。途中で不安にもなったけど約束を果たすために必死になった。」

「博士、本当にありがとう。」

「こちらこそ。・・・この際だから言ってしまおうと思うんだけどね。君のママ、オリビアのことがね。ずっと好きだったんだ。だからありがとう。」急に博士の顔が赤く染まった。

「えぇ!?本気???」

「本気だよ!だから僕はこのまえオリビアにプロポーズしたんだ。ほほほ~」

「ちょっと!聞いてないよ私!!まあでも、博士ならよかった!研究に没頭してさみしい思いさせないでよねー?」

「もちろんさ、ほほほ」 私と博士はそのあと一時間ほど話して別れた。



今日もお仕事早く終わらせてお家に帰らなくちゃね!

サラとママが眠っていた間の夢の話、たくさん聞くんだから!!!!

街の天気は最高。

声高らかに吠えた野良犬と一緒に私はオフィスまで走った。

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