第40話
階段を降りると、
すぐに靴箱に人影が見えた。
「玲奈……好きだよ……」
近づいてみると、その人影は少し背が低くてメガネをかけた細身な男子生徒だった。
学校に来る身だしなみとは思えないほどに髪の毛がぼさぼさで、点々と見えるフケのせいか、かなり汚らしい印象を受けた。
その男は、靴箱を開けて、誰かの上履きをスゥハァと嗅いでいるようであった。
「ヒィッ……!」
あまりの不気味さに思わず声を漏らすと、
その男はギョロッとこちらを見た。
「君、誰。」
その男は、無機質な声でそう言った。
人なんてやすやすと殺せてしまいそうなほど重く、冷たい声だった。
「えっと、あの……」
その男を前にして、
私はうまく声が出せなくなった。
恐怖だけが先行する。
それもそのはずだ。
他人の上履きの匂いを嗅いでいるような人間が、まともな思考回路を持っているはずがない。
もしかしたら言葉だって通じないかもしれない。
そう思うと、恐怖に支配され、
私の身体は硬直するばかりだった。
無理に意思疎通を図らず、
この場から離れた方が良いかもしれない。
何をされるか分からないんだし、
関わらないに越したことはない。
そんなことを思った。
その男は、躊躇いもなくその上履きを床に叩きつけ、そこに自分の足を突っ込んだ。
その上履きは黄色、
つまりは三年生の色。
そしてマジックで大きく
「高松」と書かれている。
高松。
どこかで聞いたような名前だ。
そういえばさっき、
『玲奈……好きだよ……』
とも言っていたような。
そんなことを考えているうちに、
その男は大分私に接近していた。
そして、
「もしかして、渡部瑞季ちゃん?」
と、少し声のトーンを上げて言ってきた。
「……え、そうですけど、
なんで私の名前を、」
いきなり名前を言い当てられてゾッとする。
反射的にそれが正解だと言ってしまった。
するとその男は、また少し声のトーンを上げて目を輝かせた。
「やっぱり!いつも美咲に写真見せてもらってたからすぐ分かったよ!会いたかったんだ~!いつも美咲と仲良くしてくれてありがとね!」
その男は嬉しそうな顔をして、
私の手を強く握ってきた。
その手はさっきまで上履きを触っていた手じゃないか。
……気味が悪い。
急に上がったテンションも、
手に触れられたことも。
「あの、あなた、誰ですか……?
今、美咲って言いましたけど。」
私は不信感を全面的に出してしまったような聞き方をした。
この男は、少々胡散臭い。
簡単に信じるのはよくないと思ったのだ。
「え?あ、聞いてないの?
美咲ってば薄情だな~。」
その男は、おちゃらけた様子で残念がる素振りを見せた。
それもまた、胡散臭い。
こんな怪しい人が、美咲とどういう関係を持っているというのだろう。
まさか、美咲の彼氏がこの人だと?
でもさっき、「高松」と書かれた黄色の上履きを嗅いでいて、その上『玲奈』とも口にしていたような……
高松玲奈……
モヤモヤする頭をフル回転させて、
やっと思い出した。
高松玲奈のことが好きな、
3年の安藤太一のことを。
「もしかして、安藤太一先輩ですか?」
「うん!そう!美咲の従兄妹だよ!」
ひとつ、またひとつ。
知らないことばかりが出てくる。
安藤太一と美咲が従兄妹だなんて。
なんで同じ学校に従兄妹がいると
話してくれなかったのだろうか。
私と美咲は大親友のはずなのに。
そんなことを思いながら安藤太一を見ると、しゃがみこんで上履きをニコニコと撫でていた。
……まあ、そうか。
こんな従兄妹がいるだなんて死んでも口にしたくない。
私が美咲でも紹介しないだろうし。
それなら教えてくれなかったことにも納得がいく。
気持ち悪いもんな、この人。
私は、自分の中で勝手に納得のいく結論を出した。
そうでもしないと、親友に安藤太一の存在を教えてくれなかった美咲を悪者にしてしまいそうだったのだ。
「知らなかったです、
美咲に従兄妹がいたなんて。」
「え?美咲から聞いたんじゃないの?
じゃあなんで俺のこと知ってるの?」
「それは……色々調べてるうちに。」
あなたのことをレンアイ放送の主催者ではないかと疑っています、なんて言えるわけもなかった。
どう切り出せばいいのだろう。
「調べてるって、レンアイ放送の主催者について?」
安藤太一はそう聞き返してくる。
私がそれに小さく頷くと、
安藤太一は鼻で笑うようにして
「まさか、まだ突き止めてないの?」
と言った。
「……え?」
「瑞季ちゃんなら、もっと早く気付くと思ってたのに。残念だなぁ……もうレンアイ放送終わっちゃうよ?」
その男の、全てを掌握しているかのような口ぶりに、私は頭の中がぐちゃぐちゃになった。
やっぱり、安藤太一はレンアイ放送に関わっているんだ。
そしてすべてを知っている。
でも、この言い方は、安藤太一自身は主催者ではないということ。
私たちが辿り着いた答えは、
ただの足掛かりに過ぎなかった。
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