第26話

「ちょっと待って!大丈夫!殺そうと思って起こしたわけじゃないから!」




私は焦って弁解する。



その子が持っている包丁が、

完全に私の方へ向いていたからだ。




「じゃあなんでこんな血まみれの包丁を持って近づいてきたの!?」



「それは、なんかちょっと考えが及ばなかったっていうか、包丁を持ってることを忘れてて……」



「そんな言い訳信じれると思う!?」




……思わない。



自分でも何を言っているのか全く分かっていないのに、初対面のこの子に理解してもらえるはずがなかった。



理解してもらえない理由は分かるのに、

どう誤解を解けばいいのかは分からない。



上手く説明できない自分が、

もどかしかった。




「えーっと、あのね。」




それでも私は恐る恐る話し出す。




「その包丁は、他の人を殺すために持ってたもので、あなたを殺すために持ってたんじゃなくて。


汚れちゃった下着を着替えようと思ってベッドに来たらあなたがいたから、驚いて声をかけちゃっただけなの。


怖がらせちゃってごめんね。」




嘘をついても仕方がないので、

私はありのままを話した。



この状況で人を殺そうともしていないのに徘徊している人などいるはずもない。



それなら、本当のことを言った方が怪しまれないと思ったのだ。




「……好きな人、殺そうとしてるんですか。」




さっきまで私を睨んでいたその子は、

包丁を下ろしておずおずと私を見上げた。




「うん。そうしないと自分が死んじゃうからね。」




また、正直に話す。




「殺す覚悟、できてるんですか。」



「できてるよ。もう、決めたから。

だから返して?私の包丁。」




私がそう言うと、

その子はぐっと歯を食いしばって、



「そんなの、おかしいよ……」



と泣きそうな声で言った。





「何がおかしいの、

生きたいのは当然でしょ?」



「そうだけど、でも……

間接的に人を殺すのだって辛いのに、

直接手を下すなんて、そんなこと……」



「もう、やるしかないんだよ。

好きになったら負けって言うじゃん。


好きな人がいた時点で殺すか殺されるか、どちらかを選ばなくちゃいけなくなるの。


……まあ、こういうシチュエーションで使う言葉ではないと思うけどさ。」




私はそう言って息を吐く。



そして矢継ぎ早に続けて言った。




「とにかく殺さなきゃ私が死ぬの。

今のあなたは私に死ねって言ってるのと同じなんだよ?

私が人を殺すのを止めることって、間接的に私を殺すことになるんじゃないの?」




そう言ってもう一度息を吐くと、

その子はまっすぐに私を見つめてきた。



悔しさのような、憎しみのような、そんな彼女の視線に、また、酷いことを言ってしまったと自覚した。



自分の行いを正当化するためだけに、

他人に罪悪感を背負わせようとする。



私の行いが正しいと思わせるためには有効な手段だけれど、人としては間違っているような気がした。




「すみません、決してそういうつもりじゃ……」



「うん、私も言葉が悪かったね。ごめん。」



「いえ。」




その子はまた私の目をまっすぐに見つめた。



あまりにまっすぐな視線に、

死ぬ間際の阪本を思い出す。



もうあの目には慣れたと思っていたのに、だんだんと猛烈な吐き気が込み上げてきた。



自分の弱さに困惑しながらも、不安を与えないように平静を装う。




するとその子は、何も気づく様子の無いまま、私に向けて口を開いた。




「でも、私が殺してほしくないのには他の理由があるんです。」



「……他の理由?」



「はい。私は、好きな人を殺すより、2年生の中にいるこのレンアイ放送の主催者を捜す方が早いと思うんです。」




ぐっと吐き気をこらえている中で、その子が言った言葉に息が詰まりそうになった。




「……え?」




「昨日もやったんですよ、レンアイ放送。多分、一昨日もやったと思います。」




その子は俯きながら、小さく、

けれどはっきりとそう言い放った。


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