第21話

あげはちゃんは、階段から引きずり下ろした龍ちゃんの上に勢い良くまたがった。



そして、優実の血が付いた真っ赤な包丁を龍ちゃんに向かって振りかぶる。



見開いた大きな目からは

ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。



まだ決心が出来ていないのか、歯を食いしばって本当に悔しそうな顔をしていた。




「殺す、殺す……」




あげはちゃんは呪文のようにその言葉を唱え始める。



食いしばった歯の隙間からは、

荒い息の漏れる音がしていた。




「やめろ!好きだ!好きだから!」



「今更そんなこと言っても何も変わんない!私は……私は本気で龍ちゃんのことが好きだったのに!!」



「じゃあ尚更やめてくれよ!好きな人を殺すなんてさ、おかしいだろ!?」



「うるさいうるさいうるさい!!」




包丁を高く持ち上げたまま、

あげはちゃんは必死に叫んだ。



その声が廊下に大きくこだまする。




震えながら泣くあげはちゃんを見て、龍ちゃんはとうとう狂ったように笑いだした。




「ハハハッ、重いんだよ、お前!

そもそも遊びでしかなかったっつーの!」




そう言って、龍ちゃんは包丁を持つあげはちゃんの手を抑えた。




龍ちゃんの言葉が、その場を凍らせる。




「は……?」



「お前からのライン見て、みんなで重すぎっつってネタにしてたくらいだわ。お前、俺の友達間で束縛女って呼ばれてたの知らねえだろ?ハッ、可哀想な奴だな。」




龍ちゃんは、吹っ切れたかのようにあげはちゃんに暴言を浴びせ始めた。



陰で聞いている私も、

思わず怒りが湧いてくる。



あげはちゃんの純粋な恋心を弄んでいたなんて、最低だ。



顔が良い男ほど信用できないものはない。



その仮面を外せば、

ただのクズでしかなかったのだ。




「もういいよ、俺がお前を殺すから。」




そう言って龍ちゃんは

あげはちゃんの包丁に手を伸ばす。




すると。




「……これで、心置きなく殺せるよ。」




あげはちゃんは、

そう言ってフッと笑った。




「龍ちゃん。

罪悪感、消してくれてありがとね。」




そう言い放って、あげはちゃんは

勢いよく包丁を振り下ろした。




思わず目を逸らした私の耳に、

龍ちゃんの声は届かなかった。




ただ、あげはちゃんの嗚咽だけが響く。




視線を戻すと、包丁は龍ちゃんの喉元に深く突き刺さっていた。




「あげはちゃん……」



「……心置きなく殺せるとか言ってさ、

すぐ死ねる喉元刺しちゃうあたり、

未練タラタラすぎてウケるよね。」




ハッと息を吐くように笑う。



涙でアイメイクがドロドロになっていた。




「結局何されても龍ちゃんが好きなんだから、罪悪感なんて消せるわけなかったんだよ……」



「大丈夫、大丈夫だよ。」



「私、殺したんだよ。

人を二人、殺したんだよ……」



「あげはちゃん!」




それ以上の言葉を聞きたくなくて、

私はあげはちゃんを強く抱きしめた。



私の腕の中で、あげはちゃんは子供のように声を上げて泣いていた。




そこに、追い打ちをかけるかのように放送が鳴り響く。






《D組6番 榎本龍太郎くんの好きな人は、

C組22番 浜辺優実さんでした。


しかし、B組12番 黒崎あげはさんがたった今二人を殺害したため、黒崎さんは生存となります。おめでとうございます。》






「イヤァァァァァァァァァ!!」




その放送を聞いて、あげはちゃんは狂ったように叫んだ。



そして、あげはちゃんを狙っていた黒パーカーの男はその場から立ち去って行った。




「殺しちゃった、殺しちゃった、

二人も殺しちゃったんだよ……!!」



「いいの、仕方ないの!

あげはちゃんは何も悪くないから!」




何も考えてはいなかったが、あげはちゃんが私に言ってくれたことと同じ言葉が私の口をついて出た。



私が言われて一番嬉しかった言葉。



私を暗闇から救い上げてくれた言葉。



だからきっと、あげはちゃんの救いになるだろうと思った。




「でも、あの女まで殺すことなかったのに!」



「仕方ないの、仕方ないの!

殺さなきゃ死んでたんだよ!?」



「でも、でも……!」




あげはちゃんは、自分の犯した罪に混乱しているようだった。



自分の手で人を殺すのは、

どんな感触だろう。



考えただけで怖くなるようなことを、あげはちゃんはその場の感情でやってしまったのだ。



その後悔は、きっと私には計り知れないのだろう。




だから。



私は。




「私も、殺すよ」



「……え?」



「榊原のこと、殺す」




あげはちゃんに、寄り添いたかった。


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