超鈍感主人公は超絶美少女の前幼なじみと現幼なじみの好意に気づかない。番外編

黒猫(ながしょー)

第1話

 俺、神崎亮介は大学を卒業とともに上京し、大手企業の会社員として毎日働いていた。

 が、さすが東京の大手企業。新卒募集で応募し、なんとか受かったものの、同期のみんなはほぼ全員が一流大学の卒業生。

 最初の頃こそ、一流大学の卒業生に負けてたまるかっ! という気持ちで毎日せっせと仕事をこなして来たものの、次第に疲れが出始め、勢いも落ちていった。

 その結果、成績も同期の中では最下位に近く、上司からほぼ毎日叱責。

 それが続き、積もり募って俺は先月で会社をやめてしまった。

 このことについて親に報告したら、親父からは怒鳴られ、勘当まで言い渡される羽目に。

 母さんは、親父に比べれば優しく、そんな親父を逆に家から追い出して行ったけど、やはり多少は怒られた。


「はぁ……」


 俺は重苦しいため息を吐きながら、自室の部屋でノートパソコンを机の上に広げながら、次の職場を探していた。

 ––––なんで俺がこんなに怒られなければならないんだよ……。

 昔聞いていた曲に「辛い時は逃げてもいいんだよ」という歌詞がある。

 これはそのままの意味なんだが、世の中にもっとこの言葉が広まって欲しいとどれだけ思ったことやら……。

 いわゆるブラック企業で勤めて、若くして自殺をした人だっているし、そんな人たちがこの言葉さえ知っていれば、もしかしたら自殺という選択肢から会社を辞めるという選択肢に置き換わる、もしくわ後者の方を選んでいたに違いない。

 俺は会社に勤めて、周りが優秀すぎてストレスを感じていた。だから、逃げるを選び、実家にUターン。世間では出戻りっていうのかな? まぁ、そういうことだ。


「気分転換に外に出るか……」


 久しぶりに帰って来た地元。

 俺がここを離れたのも大学に入学する時だったから、五、六年くらい前か?

 そんなに月日が経っていれば、いろいろと変わっていたりするかもしれない。

 密かにわくわく感を抱えながら、俺は自室を出て、玄関に向かい、靴に履き替える。


「亮介、どこに行くの?」


 リビングの方から母さんが顔を出す。


「ただ気分転換に散歩するだけだけど」


「そう。じゃあ、これ買って来てくれる?」


 そう言って、母さんがメモを手渡して来た。

 メモを見ると、食材や日用品……要するにお使いに行けと?


「ちゃんと賞味期限とか消費期限を見て買うのよ?」


「はいはい、わかってますよ。じゃあ、行ってくる」


「うん、行ってらっしゃい」


 いい歳して、俺はお使いに駆り出されることになった。



 近所のスーパーまで歩いていると、いきなり背中から凄まじい衝撃が走った。


「うわっ?!」


「久しぶりだね! ダーリン♡」


 そう言って、後ろからむぎゅぅっと抱きついて来たのは、遠距離恋愛中のあーちゃんだった。

 あーちゃんは、大学こそ一緒だったが、就職先は別々になり、近くの中小企業の事務職として働いている。

 それにしても、久しぶりに会ったとはいえ、一段と可愛く見えるのは気のせいだろうか?

 とりあえず、抱きついているあーちゃんをなんとかして引き剥がす。……住宅街の真ん中だから人目が、ね?


「ダーリンって、俺たちはまだ恋人関係のままだろ」


「いいじゃん! どうせ、結婚するんだし」


「いずれはな……」


 そう。いずれはである。

 俺の今は、簡単に説明すると無職で親に養われているニートってやつだ。

 この状況で結婚とか考えられないし、あーちゃんの両親にご挨拶に行けば、フルボッコにされてしまう。

 一応、あーちゃんにはメールで会社を辞めたことなどを含め、いろいろと話してはいるが、


「何が心配なの? 私が養えばいいだけの話じゃん」


「いやいや、それがダメなんだよ」


 いずれは子どもができるかもしれない。

 そんなときに俺が働かずにして、あーちゃんが働いているというのはプライド的にも許せないし、なんなら、生まれてからの数ヶ月間は、あーちゃんも育児休暇を取らざるを得ないと思う。そうなれば、その間は収入が減ってしまう。

 後先を考えずに何もかも先走って決めていいもんじゃない。

 

「あーちゃん、あともう少しだけ待ってくれるか?」


「どれくらい?」


「どれくらいかは分からないけど、とりあえず俺が結婚してもいいと思える日までだな」


「うーん……分かった。私待ってるね!」


 そう言うと、用事があったらしく、腕時計を見るなり、慌ててその場から駆け出して行った。



 数分後。

 スーパーにたどり着いた俺は、メモ用紙を見ながら、買い物かごに次々と目当てのものを入れて行く。

 

「あとは……パンだけかな?」


 俺はパンコーナーに向かい、いつもの食パンに手を伸ばす。


「「あっ」」


 次の瞬間、誰かの手と触れ合ってしまった。

 俺は咄嗟に手を引っ込め、相手も同じ動作をする。

 誰なんだろうと申し訳ない気持ちでその人を見ると……


「って、舞かよ!」


 一瞬ときめいてしまった俺を返せ!

 俺の反応を見た舞は、表情をむっとした後、無言で俺の足を踏みつけた。しかも履いている靴はヒールで。


「あぁうんんんん……ぎゃああああああああああ!!!」


 店内に俺の悲痛な叫びが響き渡った。

 踏まれた直後こそ、痛みを耐え、声に出さないようにしようと思っていたのだが……ヒールだよ? あんなので踏まれれば叫びたくもなるよ。

 案の定、俺の叫びを聞いた周りの人は、俺の方に注目。

 舞は知らん顔をしながら、その場から立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと……待って」


 俺は痛みを堪えながら、舞の後を追う。

 会社帰りなのか、上下スーツ姿に靴は俺を殺そうとしたヒール。いかにもあのアホがキャリアウーマンにすら見える。

 

「何? あたしに何か用?」


「用って、言うわけではないんだけど……」


「じゃあ、話しかけないでよ」


「なんでだよ! 俺たち幼なじみだろ? 兄妹みたいなもんじゃないか」


 最近というべきなのだろうか? 

 俺とあーちゃんが付き合い始めたころからやたらと冷たくなって来た。

 特に悪いことをしたというわけでもない。

 舞は一体俺の何が気にくわないのか……ずっと悩みの種ではあったが、全然分からなかった。


「その兄妹みたいな関係性が……いやなの」


 俺は舞の顔を見た瞬間我を忘れてしまう。

 舞の目には溢れんばかりの涙が溜まり、最後の言葉を言い終えたと同時にそれが決壊して流れだした。

 舞は「なんでもない。なんでもない」と何度も言って、涙を拭くが、止まる気配が全くない。


「ちょっと来い」


「え?」


 俺は無意識に舞の手を掴んでいた。

 そんな俺の行動に舞は驚いた表情を見せ、俺に引かれるがままである。

 やがて店の外に出て、誰も来ないであろう夜の公園に着く。


「痛い……」


 舞がボソッと言って、ようやく我に帰った俺は何から言えば分からなくなってしまった。

 そんな俺を見ていた舞が、突然クスクスと笑い出す。


「ここまでやったんだから、つい期待しちゃったじゃん」


「き、期待って……?」


「あたしね、本気で言うけどさ、りょーすけのことが前から好き、だったんだよね」


「……は?」


「驚いちゃうよね? あたしも今こうして素直に自分の気持ちが言えていることに驚いているんだけどさ……あんた早坂と付き合ったじゃん? だからさ……胸の奥がモヤモヤってして、つい……」


「……」


 俺は声が出なかった。

 舞の告白を聞いて、なんて答えれば分からなくなった。

 舞の表情、態度、声色。全て俺の知っている舞ではない。もしかすると、これが本当の舞なのかもしれない。


「つ、付き合って……とは言わない。あんたには早坂がいるんだし、人のものを盗るような真似はしたくない。でもさ……あんたに少しでもあたしに対する気持ちがあるのなら……その時はあんたが告りなさいよね!」


 そう言い終えた後、舞は俺の元から離れて行く。

 正直な気持ち、俺は揺らいでいた。

 なんで揺らいでいるのか分からない。

 ––––俺はどうすればいいんだ?


「りょーくん……」


 舞が公園からいなくなってすぐにいつの間にか、目の前にはあーちゃんがいた。


「あ、あーちゃん? なんでここに……」


「やっぱり、りょーくんはそういうことだったんだね? 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない––––」


「ちょ、ちょっと……あーちゃ––––っ!?」


 グサッ。

 何かが刺さる音がした。

 それと同時に腹部から強烈な痛みが走り、全身の力が一気に抜けていく。

 ––––あれ? なんで俺の手、こんなに赤いんだ……?

 何が起きたのか、俺はわけも分からずに地面に倒れ伏せると、そのまま意識が遠のき––––


「はっ?! って、夢か……」


「何言ってるんだ神崎。 廊下に立ってろ」


 まさか授業中に居眠りをした挙句に先生から怒られるとは……昨日の見た映画のせいかな?

 それにしてもだ。ものすごいリアリティがある夢を見たような気がしたのだが……まぁ、いいか。どうせ、ロクでもないもんだろう。

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